第一章 其山怜香   (二十五)

―怜香さんは頭がいいー


 多分、頭が良すぎて、理解が早すぎて、感情がついて行かないのだ。

 感情が表れる前に、自分の感情に気づく前に、理性が全ての感情にフタをしてしまう。だから素直な怜香の心は一番奥に押しやられ顔を出すことが出来ない。


 そして、勢い周りにいる人間も自分と同じだと判断して行動する。

 だが、周りが全て怜香のように物事を冷静に判断し、行動出来るわけではない。どちらかといえば感情的に行動してしまう人の方が多いだろう。

 広瀬恵子のように・・。


 だが多分、怜香自身も自分の持っているそれに手を焼いているのではないかと理恵は思った。


「ねえ、怜香さん。私は名前も五行と同じで、いろんな側面を持っていると思うの。助ければ、助けられ。傷つければ、傷つけられというようにね。」


 怜香は無言で理恵の顔を見ている。

 理恵は、ここに来たときに怜香本人に名前を書いてもらっていた。それを今、理恵は自分の目の前に置くとおもむろにペンを取り、怜香の名前の横に線を引きながら数字を書き始める。


・・十九、二十、二十八・・、他にもその数字を補足するように小さな数字が書き込まれる。

そして、なぜか時々ペンを持った理恵の手が不用意に止まる。


―何か・・、いけないことがあるのかしら・・―

と理恵の不用意に止まる手と、一瞬見せる表情に怜香の心は不安になり始めていた。


 そして、理恵は最後に名前の下に二桁の数字を書いた。

綺麗に流れるような字で書かれた怜香の名前を前にして、理恵が静かに話し始めた。


「十代、二十代の怜香さんは、多少の問題やトラブルはあったけれども、自分の中ではこれで良かったと思っているわね。それに、多分もう終わったこと過去のことと・・、なんとか過ごせてきたのだから、これで良かったのだと思っている。」

「ええ、そのとおりです。」

 怜香の言葉に理恵は静かに頷いた。


「三十代~四十代にかけて、今がその始まりの三十代だけれども、何かが起こり始めている・・わね。心と身体に変化があらわれ始めている。」

「なにか?変化・・、それはなんですか?」


「そうねぇ・・。まだ本人にも気がつかない、自覚がないものが起こり始めているのかも知れないわ。」

「気がつかない・・」

「ええ」

そう答えながら理恵は、怜香の名前の中にある不吉なものを見た。


―もしかしたら本人も気がつかないうちに、身体の中に病気の種が芽生えだしているのかもしれない。ー

 だが、それについてはさすがに理恵も口に出しては言えなかった。


「孤独・・、心の中で孤独を感じ始めているのかも知れないわ」

理恵の言葉に怜香は、はっとしたような表情を見せた。すると今度は理恵が、軽く深呼吸するように息を吸い、吐き出す息とともに怜香に向かってゆっくりと話し始める。


「其山怜香さん。怜香さんのお名前の中には一本の美しい木が見えます。太陽に向かって精一杯伸びている真っ直ぐな一本の美しい木。これは、怜香さんがこれまで、どれほどの時間と心を使って自分を磨いてきたのか、人一倍努力してきたかが分かる真っ直ぐな美しい木の姿です。ただ、残念なことに大地に根は張っているのだけど、美しいその木は上しか見ていないの。だから足元が見えていないのね。」

 ここで理恵は言葉を切った。


「その結果、怜香さんには太陽しか見えていなくて、足元を訪れる四季の移り変わりも、小さな虫や、可愛らしい動物たちの楽しそうに鳴く声も、話しかけてくれる言葉も、全てのことが聞こえていなかったのかもしれないわね。今までは・・」


「今までは、ですか」

「ええ、今まではね。でも、今日からは違うと思うのよ。怜香さんは、多分今までは上ばかり向いていた。けれど私の名刺を・・、下を向いて拾った。つまり、怜香さんの上を向いて一生懸命に伸びてきた美しい一本の木は、チラリとだけど、下を、足元を見ることをした。これは大きな変化だと私は思うの」


 理恵の声は静かで優しいけれど、はっきりと力を持って怜香の心の奥に響いてきたように感じた。



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…名前の一字目に 『へ』 の文字がある人…


☆冷静な判断で、行動できる人☆



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