第一章 其山怜香 (十九)
恵子は急に不安になった。
入社して4カ月、秘書課の怜香嬢の噂は知っている。
美人でスタイルも良く、仕事も出来る。語学も堪能で役員のお供をして出かけることが多く、他の秘書課の人のように社員食堂で見かけることもなかった。
だからか、さっき牛窓の慌てようが気になる。
不安になる。
―私は可愛いけど美人じゃない。男の人って違うタイプに引かれるわよね・・。―
広瀬恵子は初孫で内孫だったことと、直ぐ下の弟とは6歳年が離れていたから殆ど一人っ子のような状態で育った。
父や母は勿論のこと、小さい頃から隣に住む祖父母には非常に可愛がられた。祖父母の口癖は、「恵子ちゃんは可愛いね。この中の誰よりも可愛い、本当に一番可愛いね」であった。
そのせいか中学に入るまでの恵子は自分の容姿にあまり疑問を持たなかった。だが中学に入り、自分のはれぼったい一重の目が気になりだした。
次に高校に入ると低い鼻と、口を閉じていても意識していないと自然に上唇が少しまくれ上がり、前歯二本がどうしても見えることが気になりだした。
だが、家に帰れば祖父母がいつものように「可愛い、可愛い」と言ってくれる。
でも、一歩家の外にでると、ただ相手を見ただけなのに相手は恵子に対して、「なに?睨んでるのよ!」とか、「なんかぁー、暗い、」とか言われて、周りの言葉は家の中とは百八十度違った。
その成果、恵子の心は「そのままで十分可愛い。」という言葉と、「ちょっと自分で努力したら?」と言われる言葉のどちらを信じていいのか、とてもバランスの悪い状態が続いた。
そうすると、自然外では自分の顔を見られたくなくて、うつむき加減になる。
だから前髪を伸ばして目を隠そうとする・・と、余計に見た目がうっとうしく、暗い感じがして高校では軽いいじめにあうことになった。そして恵子は過食と拒食を繰り返して・・、短大には入れたが卒業はギリギリのところにいた。
そんな恵子が人一倍努力型の怜香がいる会社に入社出来たのは、大学教授の祖父のお陰だ。
恵子の祖父は、なりふり構わず重役の一人に頼み込み、恩師の孫ということだけでなんとかコネ入社することが出来た。
でなければ、これほど物覚えの悪い人間が入社試験にパスするはずがない。
だが祖父の言葉を鵜呑みにした恵子は、この事実を知らない。今でも自分の実力でこの会社に入社できたと思っていた。
ここでも祖父が、その事実を隠して「恵子ちゃんは頭がいいね、さすがだよ。一流企業の試験に難なくパスするんだから」と、孫可愛さに家では恵子を褒めそやしていたのだ。
―どうしよう。可愛いだけじゃ物足りなくなったのかもしれないー
もうここまで来ると恵子の勝手な思い込みは勘違いの域を超えて、お見事と言うしかない。
学生のころなら、それでも親しい友人がそれとなく注意してくれる。が、社会人になればそうはいかない。
自分のことは自分で・・だ。
なぜなら会社は仕事をするところだからだ。だから誰も自分に火の粉が降りかからない限り見て見ぬ振りをする。結果、恵子は祖父の言葉を信じて物事を自分のいいように、いいように解釈する癖が付いてしまっていた。
恵子の性格は、ある意味人の言うことを疑わない。
意地悪な先輩の言葉も、なんの疑いもなく百パーセント信用する。
素直といえば素直だが、逆を言えば自分に都合のいいことだけを、事実をねじ曲げて理解するということは、残念なことに自身の不幸な出来事に繫がりやすい。
だが恵子の一番の不幸は、争う相手を間違えたことだ。はっきり言えば怜香を恋のライバルに選んでしまったことだった。
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…名前の一字目に 『に』 の文字がある人…
☆お洒落で、センスのある人☆
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…名前の一字目に 『ぬ』 の文字がある人…
☆頑張り屋で、力強い人☆
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