第一章 其山怜香 (十四)
「私、
本人を目の前にしてクスキなのか、クスノキなのか、「ノ」と入れるのか、入れないのか、怜香は素早く考えを巡らせたが、決心したように名刺から目を離して言葉を切りながら怜香は彼女に聞いた。
「はい、そうです。(初対面の人とはあまり話せない。それに、自分を、さん付けで呼ぶのはちょっと恥ずかしいのだけど・・)皆さん、理恵さんと呼んでくださいます。」と彼女はこたえた。
彼女の、決して自分から、自分で自分を先生とは言わないところがなおのこと怜香は気に入った。
そして、彼女はまるで以前からの親しい友人に向けるような笑顔を、怜香に向けてこたえてくれたところもいい。
以前、何かの拍子に取引先との軽い会食の席で、「カウンセラーという職業を歌いながら、脅しや、恐怖を植え付ける言葉を使い人の心を平気で傷つける輩が多くて困る」・・とか。
「あれは先生という言葉に勘違いして、自分には人を支配する権力でもあると勘違いしているようで、大変に不快だ。これからは、そういう輩が増えるだろうから」・・とか。
「肩書きに欺されないようにしないといけない」・・とか、えらく憤慨しながら話していたのを怜香は常務の横で静かに聞いた。
多分、目の前のこの人は、そんな怪しい人物に出会ったのだ。
そして、なにか余程腹立たしい思いをさせられたのだと、怜香は相手の怒りのにじむ言葉を聞きながら、そう理解した。
それから数日後、母と電話で話をしているときに、その話がちらりとでた。
「そういえば、近頃は少し勉強して直ぐにそう名乗るらしいわね。それと、〝心を勉強しにいって、心を折られるのよ〟なんてことも、よく聞くし・・。難しい世の中ね」・・と、しんみりと言われた。
無邪気に誰とでも仲良く話ができる怜香の母は、いい換えれば世間が広い。その分、巷の話をよく知っている。
なんだかその話の後くらいから、怜香の中でカウンセリング=カウンセラー=怪しい職業の人と落ち着いてしまっていた。
だが、その反面興味もあった。
そんなこともあってか、玖珠木理恵の名刺にカウンセリングの文字を見つけたとき、怜香の心が、彼女と連絡を取ることに当然のように躊躇いのストップをかけていたのだった。
「では、私も、そう呼ばせて頂いて、いいですか?」
「ええ、どうぞ、そうして頂けると嬉しいです。私も、怜香さんとお呼びしていいですか?」
「ええ、是非、理恵さん」
彼女の柔らかな笑顔に迎えられると、怜香は俄然勇気が出てきた。
ここ何ヶ月か彼女に連絡を入れようか、どうしょうか・・と悩んでいたことを口に出来そうな気がする。
すると彼女は、まるで怜香の心を読んだように、今度は彼女が怜香に向けて質問してきた。
「じゃ、私からもひとつ質問していいですか?去年の、もう三ヶ月近く前の私の名刺を捨てずに取って置いてくれていたのは・・。そして、今日の偶然に声をかけてくださったのは・・。なにか、私に尋ねたいことがあるということなのでしょうか?」
「ええ、そのとおりです。」
怜香のこたえに理恵は、『どうぞ、理由をおっしゃって、お伺いしますよ』というように優しく微笑んでくれている。
「実は、私、あのとき聞いた。彼女の言葉と幸せそうな笑顔が気になって仕方がなかったんです。彼女に何が起きたのか、幸せになります、幸せになれますと言った彼女の、あの自信に満ちた眩しい笑顔の訳が気になります。」
怜香は、ここまで言ってから言葉を切り、理恵の顔を真っ正面から真剣に見つめた。
理恵も、真剣に怜香の話を聞いてくれているようだ。怜香の真っ直ぐな目にこたえるように見つめている。
ふっ・・、と、理恵の目が優しく動いた。
「怜香さん、ここは他の人の目や耳があります。それに、彼女の個人的な内容をお話することは出来ません。ですが、怜香さんが、それほど彼女の言葉と笑顔に引かれたということは、怜香さんもそうなりたいと思っていると理解してもよろしいですか?」
前のめりぎみになっていた怜香の姿勢が、緩まるようにスゥーと椅子の背もたれに移動した。
そして、伏し目がちに「ハァー」と小さくため息をついた怜香は、また瞳を真っ直ぐ理恵に向けた。
「ええ、そうです。そうなりたいと思っています。」
怜香の強気な言葉が終わると同時に、タイミング良く店員が怜香の注文したパスタとサラダを持ってきた。
ここで真剣な会話はいったん中止して、怜香はパスタをフォークで絡め始める。
理恵は残りのコーヒーを口に運びながら怜香に向かって言った。
「怜香さん。もしよろしかったら、今日、私のサロンにいらっしゃいませんか?勿論、これは私にとっては仕事ですから、怜香さんが私に仕事を依頼する・・と、いうことが前提になりますが」
「ええ、お願いします」
怜香の答えは素早かった。
ここまで来て逃げる理由がない。
「分かりました。ただし、私、今からすこし所用がありますので二時間半後に待ち合わせをして・・は、いかがですか?」
「ええ、私は、かまいません。」
「では、そうしましょう。」
それから待ち合わせ時間と場所を決めると、理恵は先に店を出て行った。
怜香は思わぬ展開になったが、これも神の恵みと大好きなオーガニックトマトとモッツァレラチーズのスパゲッティーをゆっくり味わい。
香ばしく焼けたパンの香りを楽しみながら残ったソースに小さくちぎったパンをつけ、時間をかけて食べ終えた。
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