第一章 其山怜香 (十二)
「いつもの私らしくないのよね。迷うくらいなら捨ててしまえばいいのに。捨てないのなら、電話すればいいのに・・・」
そろそろお昼だ、お腹が空いてきた。外にでて何か食べようか?と、怜香は自分で自分に聞いてみる。
リビングのガラスいっぱいに映る空は、青い。
その色は、春の暖かさがもうすぐそこまで来ていることを告げている。
そして玲子が暮らす太陽の光が惜しみなく入るこの部屋は、ほんのりと暖かい。
― ここにいても、いい考えが浮かばないわ。逆に眠ってしまいそう。それに、お腹も空いたことだし出かけよう。ー
怜香は、小さな名刺をまたバックにしまうと白いスプリングコートを着て外に出た。
案の定、空は高くて美しいけど風はまだ少し冷たい。
枯れ落ちて裸になった木立の間を、赤みがかった煉瓦敷きの道が真っ直ぐ続いている。
その道を、怜香はコートのポケットに両手を突っ込んだまま、上を向いて青い空を軽く見あげながら息を吐きかけ歩いた。
亜麻色に染められた長い髪が柔らかな曲線を描き楽しげに揺れる。
前から軽く吹いてくる風が、最後の最後まで頑張って枝に付いていたのであろう小さな落ち葉をクルクルと天に舞い立たせた。
―気持ちいい、風はまだ少し冷たいけど歩くと少し汗ばんでくるかもねー
いつも行くイタリアンのお店。怜香は、ここのオーガニックトマトとモッツァレラチーズのスパゲッティーが大好きだ。
それに一緒に付いてくる、食欲をそそる小柄な自家製焼きたてパンの香ばしさも気に入っている。
ガラス扉をあけ、美味しい香りに怜香は思わず息を大きく吸い込んだ。
そして、ゆっくりと店内を眺め空いている席を確認する。
―何処に、座ろうかしら・・?―
ドアを開けて直ぐの右手には一番奥から厨房が見える。
背の高いマホガニーのカウンターが入り口へと一直線に続き、その切れ間が白い壁で仕切られている。
壁の前には二人がけ用の真四角のテーブルが3席、横一列に並んでいる。
が、そこは既に一組のカップルと女性連れの二組が座っていた。
入り口左手直ぐ、L字を描くキャッシャー前の小さな棚には焼きたてパンが数種類、それぞれ小ぶりの丸い籐カゴに入れられ香ばしい香りをさせている。
その先の小さなガラスケースのカウンターには、この店のオリジナルケーキがチラリと見えた。
そして一番奥のお手洗いに繫がる通路を挟んだ向こうに、4人がけ用長方形のテーブルが6席。
その奥にほんの少しだけ白い壁が出ている向こう側には、ガラス窓が半円形を描く空間に二人がけ用丸テーブルが1席置かれている。
怜香は手前の6席にうち、3席は既に数名のグループが座っていることを確かめると、ほんの少し出た白い壁の向こう側に置かれたテーブル席を見た。
そして怜香の目に飛び込んで来たのは、あの時の彼女だ。
一番奥のテーブルで、食事を終え、食べ終えたお皿と交換にコーヒーカップが置かれる。
あの日と同じ色・・。
淡いベージュのタックブラウスを着た彼女は、店員に対して笑顔で〝ごちそうさま〟と話しかけたように見えた。
―驚いた、こんな偶然もあるのねー
怜香は、彼女の…、あの日と変わらない彼女の笑顔によく似合う色、淡いベージュ色が柔らかな空間をそこに作り出していることに気がついた。
これは、何時までもぐずぐずしている自分に対してしびれを切らせた神様が、偶然というチャンスを装って怜香にくれた贈り物の時間だと思った。
思ったから怜香の行動は素早かった。
彼女と話そう。
話しかけよう。
怜香は、今、そう決心した。
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☆頭の回転が早く、バランス良く物事をまとめられる人☆
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