第一章 其山怜香   (二)

怜香がこの名刺を手に入れたのは、昨年のクリスマスイブの朝だった。しかも、怜香にとって最悪のクリスマス記念のような朝にだ。

周りは楽しそうな二人連れか、親しい友人同士、或いは賑やかな家族連れの中で、ただ一人きりという、生まれて初めての惨めな疎外感を味わった華やかなホテルのカフェラウンジでだった。


今、思い出すだけでも気分の悪い朝だ。

怜香は眉間にシワをよせた。

だのに、なぜか?その最悪の記念品のような、この名刺を捨てられずにいるのはなぜだろう?

多分、この名刺を落とした彼女の笑顔が、淡いベージュの上品なワンピースの色と柔らかに揺れる素材が相まって、思わず怜香は彼女から目が離せなかった。そして、彼女に向けられた連れの女性の言葉が、怜香の心を波立たせてしまうからだ。



連れの女性は彼女に向けて、本当に嬉しそうに感謝を込めてこう言った。

「リエさん。いえ、リエ先生のお陰です。私、幸せになります、なれます。」と嬉しそうにはっきりと言った。


多分、怜香とそれほど年がかわらない三十代後半のその女性は、彼女と二人で奥の席からゆっくりと歩いてきて、怜香の席を楽しそうに話をしながら横切り、ピンクやブルーの光で彩られた大きな白いクリスマスツリーが見える出口手前のキャッシャーへと向かっていった。


その時、丁度、さっきの嬉しそうな女性の声と言葉が怜香の耳に飛び込んで来たのだ。


―幸せそうな笑顔。―

と思った瞬間、怜香は無性に腹立たしくなった。

だから顔をそむけて横を向いたのだが、その時、ちらりと目の端に何かが舞い落ちるのを見たが、怜香はあえてそれも無視した。


無視したが、暫くするとどうしてか気になりだし足元を見た。

が、・・何もない・・

立ち上がって帰ろうとしたとき、白いテーブルクロスが揺れて、ひらりと風が起こった。まるで、それを待っていたかのように小さな名刺が怜香の足元にやってきたのだ。


怜香はおもむろに膝を折り、優雅な指先でその小さな名刺を拾うと、彼女が通った道を振り返ったが・・。そこには、髪を一つにまとめた小柄な、まるで子どものように見えるホテルのスタッフが一人、下を向いて一心に何かを数えている姿だけだった。


そしてもうそこにも、その先にも、彼女は、彼女たちの姿はなかった。


だから怜香はその名刺を、まるで自分がもらったように丁寧にバックにしまうと頭を上げ、背筋を伸ばし、まるで女王様が、今ここを通るわよといわんばかりに堂々と歩いた。


不思議なことに、それまで自分たちの話に夢中であった周りの客も、自分の仕事に忠実に動いていたスタッフも、なぜか怜香のその優雅さに一瞬息を飲み、気を取られ見つめていた。




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名前の一字目に 『う』 の文字がある人。


☆ゆっくりだが、目標に向かい努力できる人☆





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