退廃ジャポニズム映画サークル『百鬼夜行』
第3話 へんなうた。
四条ヶ崎先輩は、今はもう無き映画サークル『百鬼夜行』で知り合った大学の先輩だ。
一言で言えば軽薄に軽薄を上塗りしたような性格で、上塗り分重量があるばかりに信頼出来そうに見えてしまうタチの悪い種類の軽薄な男性である。このタイプの人種とは通常ならば距離を置き、一生涯経ても縁が交わることのないよう努めるのが僕という人間だがなにせ出会った場所が傲慢不遜の権化ぬらりさんが取り仕切る悪鬼羅刹の温床こと退廃ジャポニズム映画サークル『百鬼夜行』。異常に異常を重ね着した人どころかそれと二人羽織をする傀儡や、それを操る傀儡師が平然と息をする世の深淵で出会った時の彼は随分とまともに見えたもので、当時の僕は安易にも彼と友達になってしまったのだった。その時の友情は今にまで至り腐れ縁にまで至ろうとしている。
今回の傾木さんからの依頼は、そんな彼へと本を一冊届けることだった。
どこで存在を知り、どこで知り合い、どこで贈り物をするほど仲良くなったのかと想像を巡らせ、彼ならば秘境の女性とでも面識がありそうだという結論に至ったあたりで傾木さんから訂正があった。どうやら憎き退廃ジャポニズム映画サークル『百鬼夜行』の元部員のうち、日のあたる場所に一切出られない誰かが宅配サービスも行っているこの店に四条ヶ崎先輩への本の宅配を頼んだらしい。
「お願いできますか、私は読みたい本があるので動きたくないのです。」最後に傾木さんはそう付け加えて僕にこの依頼をした。麗らかな女性の知的好奇心は蔑ろにできない。僕はもちろん紳士的に二つ返事で答えるのだった。
そして微笑みかけも感謝の言葉もいってらっしゃいの言葉も見送りもない傾木さんを店外から一瞥し僕は包装された本の入った鞄を肩に掛けて自転車に跨りその場を後にしたのが今から三時間前の話である。
傾木さんから彼の住所を聞き忘れたこと、包装の裏には「3D」としか書いておらず、表には傾木さんの字で後から付け足したであろう「代理宅配、傾猫堂。はやいやすいうまい。」というありきたりで商売根性剥き出しの文言しか書いてなかったことが主な原因と思われる。出た時間が早かったおかげか三時間経ってもいまだに日はてっぺんにあり、それだけが唯一の心の支えだった。
「おてんとさん、おてんとさん。ちょっときてすったっちょ。ちゃたちょ。」
妙な歌が聞こえてきた。既に三番街と五番街は調べ尽くしていたので気分転換に偶数の二番街を調べている時のことだった。この遭津町は奇数番街は緯度経度に従って格子状に区切られているのに対し偶数番街は区画が奇数番街の物を四十五度回したようになっている。そのせいか偶数番街にはこの歌のように突拍子もないことがよく起こり、これはこの街に住む住人の共通認識だと思う。退廃ジャポニズム映画サークル『百鬼夜行』の大学外部室が偶数番街にあったのがなによりの証拠だ。しかし軽度の信頼を重視する四条ヶ崎先輩が偶数番街に住むとは思えない。
僕は四条ヶ崎先輩がよく寄せられる小さな信頼を胸に、やけに小石の多い隘路と言い得る道を自転車で駆け抜けた。
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