第14話 英雄の夢

 巨大なグリムルは、四方八方にいくつもの黒い手を伸ばして、みんなをつかまえようとし始めた。しかしレビヤタンの数は多く、それら全てを追いかけるうちに、さしもの巨大なグリムルの体もどんどんと薄っぺらになって行く。

 僕は地面すれすれに低空飛行し、巨大なグリムルの真下に移動した。数十メートル上空には、伸び切ったボス・グリムルがぺらぺらと舞っている。

 僕一人の力では、あいつを倒すのにはまだ不足だった。かと言ってさっきのように誰かからレビヤタンを借りれば、あの巨大なグリムルをあんなにぺらぺらになるまでかくらんできないだろう。一人たりとも、今あの空からレビヤタン乗りを欠かすわけにはいかない。

 それなら――どうする。

 下を見ると、さっき地面に落ちたジョシュのクジャクの羽が、ゆっくりと黒い石畳に溶けていくところだった。

 僕はそれを追って、黒い地面に着地した。馬車のへさきから身を乗り出し、その辺りの黒い地面を手当たり次第にかきむしった。

 半分以上、賭けだった。しかし、――……

「夢が、なくなるなんて信じない!」

 現実の石畳とは違い、黒い石畳はパリパリと不思議な感触とともに、地面からはがれて行く。

「一時、立ち上がる力を失うだけだ。眠っているのと同じだ。なら、目覚めもするんだ。ジョシュが僕を信じてくれたように、僕も信じる。心の不滅を!」

 みんなは、空で頑張っている。でも、そう長くはもたないだろう。急がなくてはならない。冷汗がほほを伝った。

「この辺りなんだろう? ジョシュがそう言ったんだ! 信じるんだ、信じる――」

 その時、黒い地面の中から、何か白くて細長いものが現れた。

 それは、人間の腕だった。二本ある。それぞれ、別人のもののようだ。一方は男性らしく、もう一方は女性らしい腕だ。

 男性の腕は、黒いコートを持っていた。女性の腕は、黒いスープ鍋を持っていた。僕はその二つを手に取った。どちらにも、僕は見覚えがある。

 コートも鍋も、どちらもかつてレビヤタンだったものに違いないと確信する。両方ともしっかり胸に抱えると、コートと鍋を覆っていた黒色が、ぱらぱらとこぼれ落ちた。コートは、濃いグレーだった。鍋は、真ちゅう色をしていた。

 レビヤタンが三つ。それも、うち二つは、かつての英雄二人のものだ。勇気が湧いた。これならば、あいつに打ち勝てる。

 僕は真上に向かって、一気に馬車を加速した。

 三つのレビヤタンが、淡い光を放つ。今まさに目覚めた太陽のように。

 かつてないほどの速度で舞い上がった僕の馬車は、ボス・グリムルの体を下から突き上げて、真っ二つに切り裂いた。

 三つのレビヤタンをひとまとめにした威力の前には、間延びしきったボス・グリムルはひとたまりもなかった。

 風のない白い空で、黒いもやのかたまりは力を失い、ふらふらと空中を漂い始める。

「今だ、みんな!」

 僕の声を合図に、みんなが一斉に、引き裂かれたボス・グリムルの破片に突っ込んだ。

 もはや力を失っていた黒い影は、みんなのレビヤタンにかなうはずもなく、あっという間に粉々にちぎれて空に消えていく。

 やがて空が、染みひとつない白色に染まった。

 黒色が消えた空は、静かだった。

 あまりにも白く、静かだった。


 この日の空には、もうグリムルの影は見えなかった。

 僕らの勝利だ。

 勝利のかっさいは、少しだけ上げられた。

 そしてみんな、もうジョシュと会えなくなったことを悲しんだ。彼はやはり、みんなにとっても特別だった。

 それでも、また明日からも元気を出してグリムルと戦うことを誓って、僕らは別れた。

 僕の腕の中のコートと鍋は、いつの間にか、また真黒に染まっていた。

 僕はそれらを、もとあった場所に戻した。

 力を貸してくれてありがとう。

 大きな出来事が片づいたおかげで、心がずいぶん落ち着いていた。だから、気づいたことがあった。

 目を覚ましてしまう前に、何人かの知り合いに、ジョシュのことをいつも何と呼んでいたかを聞いて、ようやく僕は、真実を知った。

 現実へ戻ったら、お礼を言いに会いに行かなくてはならない。

 両親と、そして――……。

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