第13話 別れと、颶風(ぐふう)

 すっかり黒く染まったクジャクの羽が、力なく落下を始めた。当然それとともに、ジョシュの体も。

「ジョシュ!」

「まだグリムルが離れていないから、近づかないでくれたまえ」

 僕はグリムルを警戒しながら、ジョシュと同じスピードで下降した。

「夫妻は、掛け値なしの天才だった。無数のグリムルを打倒し、私にレビヤタンの扱いを教えてくれた。心の闇を晴らしてもらえた人々は活気にあふれ、街は一気に隆盛をみた」

 生唾を飲み込む音が、自分ののどから響く。そんな、そんなことが、僕の両親に。

「しかし、そんな折に、百年に一度という大不況がやって来た。グリムルは強力になり数も増え、夫妻をはじめとする白黒街の人々は、心の闇を少しでも減らすべく奮闘した。戦いはし烈を極め、レビヤタンを失うものが続出した」

 地上まではまだ距離があるが、ジョシュは、次第に早口になって行った。

「君のご両親は、誰一人墜落させまいと、猛スピードで空を駆け回って数えきれないくらいの人々を救った。しかし最後の最後、今日の奴と同じくらい巨大なグリムルのボスと戦って相打ちになり、地面に落ちたのさ。ちょうど、この真下の辺りだったよ。そして、すっかり心の力を失ってしまった。仕事もままならなくなった君のお父さんが、貧乏しながらも何とか生活できているのは、その時に助けられた人々が、苦しい生活の中から今も少しずつ援助しているからなのさ」

 地面が近い。グリムルたちはジョシュの体を離れ、空へ戻って行った。

 僕はジョシュの体を空中でしっかりと抱きとめた。

「ありがとう、イエルバレット。私はもう消えるが、後のことを頼む」

「待ってよ、ジョシュ。僕は君とまだ話したいことがたくさん、……」

 僕らの下の地面に真っ黒なクジャクの羽が落ち、地面に吸い込まれるのが見えた。そしてジョシュの体も、だんだんと透けていく。

「いやだ、ジョシュ。君がいなかったら、白黒街は!」

「私は君のことをよく分かっている。君とみんなならやれるさ。ただ、無理はしないように。夢を失うな」

 そして、ジョシュは見えなくなり、感触もなくなり、白黒街から消えた。

 僕は、大きな大きな泣き声を上げた。ジョシュは死んだわけではない。それは分かっている。けれど、もう二度と会えないのだということが、とほうもなく寂しい。そして、白黒街で一番のレビヤタン乗りだったジョシュがもう、この白い空を飛べないのだということが、とてつもなく悲しい。

 現実での彼が誰なのか、聞いておけばよかった。こんな風に突然のさよならが来るのなら、もっと彼のことを教えてもらうべきだった。

 ――よくも。

 よくも、僕からジョシュを奪ってくれたな。ジョシュから、白黒街を取り上げてくれたな。

 涙をぬぐい、空をにらみ上げる。みんなが、空を右往左往しながら大量のグリムルから逃げ回っていた。

 僕は息を吸い込むと、レビヤタンを全速力で上昇させた。その途中で、二匹のグリムルを粉々にする。

「みんな、ばらばらになりながら、塔の方へ逃げるんだ!」

 僕が叫ぶと、みんなはその通りに飛んだ。グリムルもばらばらに動きながら、やがて塔の方へ集まって来る。

 集合してくれている方が、やっつけやすい。僕はしっかりと距離をとって助走をし、最大のスピードで、塔に群がろうとするグリムルたちを真一文字につんざいた。

 心から怒った僕よりも速く動けるものは、白黒街に存在しなかった。

 自分がモウアたちに何をされても、こんなに腹が立ったことはない。どこかで、いじめられる自分にも原因があるのだとあきらめていたからかもしれない。でも、ジョシュは、何も悪いことなどしていない。だから僕の怒りには、何の遠慮もなかった。

 人々の心の闇を全て晴らして、ジョシュの敵をとってやる。

 縦に横に、稲妻のように飛びながらグリムルをどんどん倒していると、やがて僕もグリムルの群れに囲まれてしまった。熱くなり過ぎたか。でも、あきらめる気など毛頭ない。

 その時、

「使え!」

と声がして、何かが僕の目の前に飛んできた。ホッケースティックだった。

 それをレビヤタンにしていた少年が、乗り物をなくして落下していくのが見えた。その体を、おもちゃの木馬とマチ針に乗った少女たちが、二人で空中で受け止める。

 僕はホッケースティックのレビヤタンを剣のように構えると、急発進して、がぜんそれをぶん回した。ただ体当たりするよりも、攻撃の範囲が格段に広がっている。僕を囲んでいた黒い群れをさんざんに切り裂くと、僕は得物を少年に投げ返した。

 ふと振り向くと、すぐ後ろに、僕よりも三回りは大きいグリムルが追いすがって来ていた。レビヤタンを加速させたが、こいつは動きが速く、なかなか振り切れない。

「イエルバレット!」

 僕を呼ぶ声。今度は、こうもり傘が投げ与えられた。僕は、尖塔のてっぺんに向かってまっすぐに飛んだ。大きなグリムルは、すぐ後ろについて来る。

 僕は尖塔のてっぺんを通りすがりざま、こうもり傘の曲がった柄を塔の先にひっかけ、思い切りUターンした。

 大きなグリムルは急には止まれず、僕はそいつのど真ん中を突き破った。こうもり傘を、貸してくれた少年に投げ返す。

 他のグリムルもほとんど返り討ちにされるか、逃げ去っていた。残るは、あのひときわ巨大なやつだけだ。

「みんな、つかまらないように気をつけながら、あいつの周りを飛び回ってくれ!」

 無数のレビヤタンが尖塔の周りを離れ、巨大なグリムルに向かって行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る