第12話 絶望と、絶叫

 目を開けると、そこは確かに白黒街だったが、様子がいつもと違っていた。まず、ひどく騒がしい。

 空では、大勢の人々が慌ただしく舞い踊っていた。

 彼らの指さす方を見て、僕は何が起こっているのかをようやく悟った。

 空の一方から、白い空間を埋めつくさんばかりの大量のグリムルが迫っている。まるで、空が黒く染まったようだった。見たことのない光景だ。

 そしてその真ん中には、街で一番高い尖塔よりもさらに身の丈が長い、とんでもなく巨大なグリムルがいる。横幅は、街で一番大きなアパートメントくらいあるだろう。他はともかくこいつばかりは、僕らの体当たりなどではとうてい適う相手には思えなかった。

「何だってこんなことに……」

 僕はひとまず大勢の人が集まっているところへ飛んで行った。すると顔見知りの一人、こうもり傘のレビヤタンに乗った少年が言った。

「イエルバレット、今日はおっそろしい異常事態だ!」

「とんでもないことになってるね。あのでっかいのは、今すぐに僕が倒してくるよ」

「おい、いくら君でも一人であれと戦うのは無茶だ」

「いや、……僕がやらなくちゃいけない」

 僕は、馬に鞭を入れるような気合を吐いて、馬車のレビヤタンをグリムルの群れの方へ進めた。

 なぜこんなことになったのか。心当たりはある。息子がいじめられていると知って、今日、巨大な心の闇が心に生まれたであろう人を、僕は知っている。

 ふと気づくと、ジョシュが僕の隣を飛んでいた。

「待つんだ、イエルバレット。やみくもに戦って、勝てる相手じゃない。ごくたまに出るのさ、ああいうとんでもないのが」

「そうだ。僕のせいで、あれは現れたんだ。あれが、僕の父さんの心の闇なんだよ」

「まだそんなことを言っているのか。いいかい、私と一緒に――……」

「今日、すごくすごくいやなことがあったんだ。父さんにとって、すごく屈辱的なことが。だから心の闇が、あんなに大きいグリムルになったんだ。そしてそれは、……僕のせいだった。僕がかたをつけてみせる!」

 そして、馬車は全速力で巨大なグリムルに突っ込んで行った。けれど、近づいて大きさを再確認すると、どうにもやっつけられそうな気がしない。

 やむをえず、まず周りのグリムルから倒すことにした。軌道を変えて急旋回しながら、数匹をなぎ倒して行く。

「よけるんだ、イエルバレット!」

 ジョシュの声が響いた。ふと上を見ると、あの巨大なグリムルが、僕におおいかぶさって来ていた。このままでは、包み込まれてしまう。

 逃げようとして周りを見ると、すでに他のグリムルの群れによって、前後左右と下方の逃げ道はふさがれていた。一人で突っ込んで来たので、ジョシュ以外の味方はまだはるか遠くにいる。

 致命的な失敗を自分が犯していたことに、僕はようやく気づいた。

 熱くなり過ぎた。まるで周りが見えなくなっていた。こんなの、もうどうしようもない。

 ――ここまでか。

 でも大丈夫、近くにジョシュがいる。レビヤタンをやられて落ちて行く僕を、彼が拾ってくれるだろう。そして僕の体はこの街から消えて行く。もう白黒街には入れないかもしれないけど、どの道ここに来られたこと自体が、奇跡のようなものだったのだから。

 ――父さん、母さん、ごめん。助けてあげたかったのに。

 ――僕というやつは結局、夢の中でも、まるでだめだったよ。

 その時、僕は腕をつかまれた。誰に?

 ジョシュにだ。

 ジョシュの後ろには、彼が今グリムルを打ち倒して作ったのだろう、トンネルのように道がぽっかり空いている。ジョシュは僕を力一杯、その逃げ道へ放り投げた。

 僕と馬車が巨大なグリムルの体の下から逃げおおせると、逃げ道のトンネルはまたグリムルの群れで埋まってしまった。

 そしてジョシュを助け出すいとまもなく、彼の体が、倒れこんで来た巨大なグリムルに包まれた。

 あれでは、もう助かるすべはない。一巻の終わりだ。

 白黒街一番の英雄、空を裂くエース。みんなのヒーローたるジョシュが、僕のせいで。

 絶望が、僕をおおった。

 のどが破れるほど叫んだ。

 しかし、どれほど絶叫しても、足りなかった。

「ジョシュ! なんてばかなこと! 君がいなくなったら!」

「私がいなくなったら? 君がいるさ。君は私なんかより、ずっと立派な人間だ」

 ジョシュの足を乗せたクジャクの羽がグリムルにつかまり、輝く緑色を失って、みるみる黒く汚れて行く。

「いいかい、イエルバレット。こちらには近づかず、その距離をたもって聞くんだ。君に言っておくことがある」

「何だよ!」

「いつかも言ったが、グリムルは、人の心の闇だ。今日、新聞と掲示板で悪いニュースが発表されただろう? だから、このグリムルの大発生なのさ。大人だけの、ましてや、君のお父さんだけのものではない」

「大多数って、ニュースで不安になるのなんて大人ばかりじゃないか? ここには、子供しかいない。やっぱり、グリムルは大人の――……」

「夢に、体の年齢は関係ない。ここでは少年のように見えても、現実の体はおじいさんって人もいるさ。空を飛ぶのに、わざわざ老いた姿で夢を見る人なんていないからね」

「でも父さんは、白黒街のことを知っていた。このどこかにいるはずなんだ。そして、心の闇を生み出している」

「いや。いない」

「何でそう言えるんだ」

「君の父、イエルトバーグ。母、イーリース。二人はかつて、この白黒街で墜落して、すでに心が死んだからさ。死んだ夢は、よみがえらない。白黒街にはもう来られない」

 僕はそれを聞いて、頭の動きが止まってしまった。何を言われたのか、すぐには分からなかった。

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