第11話 逃げ出したくなるひどい世界
その日は、夢の中でジョシュと格闘したせいか、朝からひどく疲れていた。
これでは、モウアたちにほんの少し嫌がらせをされただけで参ってしまうかもしれないと思った。
しかし、モウアたちは学校にいる間中、僕に全くちょっかいを出して来なかった。
珍しいこともあるものだ、と薄気味悪さを感じた。それでもほっとして、放課後の学校を出た。空は曇っており、気温は朝からまるで上がらないまま、街は骨身にしみる寒さを地表にたたえていた。
ただ、人々の顔色がいつもより一層悪いのは、そのせいばかりではないようだった。新聞社の前を通りがかると、掲示板に号外が貼り出されていた。
「またも大幅増税の可能性! 十年ぶりの大不景気になる見込み! 失業者は十倍に!」
人々はそれを見ても、怒るでもなく、騒ぐでもなく、ただどんよりとした空の下でため息ばかりついていた。
白黒街だったら、あの雲の上まで飛び出して、ほんの一息で家に着くのに。いや、夢と現実の区別がつかなくなったら、おしまいだ。
とぼとぼと歩いてようやく、家に着いた。
すると、ドアの前に父さんと母さんがいた。通りに背を向けて、二人して閉まったドアに向かって立ち尽くしている。
「ただいま」
僕が声をかけると、二人の体がびくりと揺れた。
二人が手に持っているものが何なのか、最初はよく分からなかった。よくよく眼をこらすと、それはぼろきれのようにぐしゃぐしゃの、恐ろしく大きなドブネズミの死骸だった。
死骸には、釘でメモが打ちつけられていた。その文字を、僕は震える目で読んだ。
――イーリー、このネズミのように痛めつけ続けてやる! 生きているのがいやになるほど!
筆跡に覚えがある。モウアだ。今日は何もして来ないと思ったら、すっかり安心させておいて、こんなことをたくらんでいたのだ。
本当は僕よりも先回りして僕の家に行き、玄関先にネズミを置いて、僕に発見させるつもりだったのだろう。しかし彼らはミスを犯した。父さんが今日も早く帰って来る日だと知らずに、さっさと死骸を置いてしまったのだ。だから、父さんが僕よりも先にそれを見つけ、驚いているところに母さんが顔を出したのだろう。
彼らは、大人を巻き込むことを恐れていた。だからこの展開はわざとではない。どこかからのぞいていて、しくじった、と思っていることだろう。
しかし、僕が受けたダメージは彼らとは比べ物にならなかった。いじめられていることを親に知られるのは、死ぬことよりも苦痛だった。学校で何事もなかったせいで気が緩みかけていたので、なおさら衝撃が倍加された。
僕は、家を背にして駆け出した。
街の中をしゃにむに走っていたら、いつの間にか、あの空き地に着いていた。
冷え切った馬車の中に飛び乗る。氷に囲まれたような冷気が、僕の体に突き刺さった。
僕は、馬車の壁に思い切り頭を打ちつけた。何度も何度も打ちつけた。そして、ここにいたら父さんに見つかるかもしれないと思い、空き地を出た。
ポタポタと、額から赤い血が、目からは涙が、しずくになって地面を叩いた。白黒街でジョシュの友情に涙した時とは比べ物にならない、みじめで悲しいしずくだった。
細い裏路地へ駆け込むと、僕は暗く狭い地面に倒れ込んだ。
ポケットに入れていた金貨を握りしめる。早く眠ってしまいたい。このまま、凍死しても構わない。
冬の夜は早い。急速に日が落ち、夜が更けて来たのが分かった。また地面に頭を打ちつけていると、次第にもうろうとしてきた。
寝入るというよりは気絶同然で、僕は意識を失った。
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