第8話 告白と涙
ある日、五階建てのアパートメントの陰を飛びながら、僕はジョシュに聞いてみた。
「ジョシュ。もしかして君は、僕と一緒にいることが恥ずかしいの?」
「恥ずかしい? 思ってもいなかったことだよ、イエルバレット。なぜそんなことを言い出すのさ」
「だって、僕ら二人とも知り合いの人と会う時、君は僕から離れるじゃないか。そして僕が遠くにいる時は、君は彼らと仲よくおしゃべりしてたりする。君みたいなヒーローが、僕と一緒にいるところを、人に見られたくないんじゃないの」
「そんなことは断じてないよ。とんでもないことを考えるのはおよしよ」
「この白黒街に、ジョシュと知り合いじゃない人はいないみたいだ。みんなが君と話したがってる。」
僕は、両手のこぶしを思い切り握りしめた。そして、勇気を出して口を開く。
「ジョシュ、僕はね、学校でいじめられているんだ。君がよくしてくれているこの僕は、いじめられっ子なんだよ。いじめられっ子と仲よくしたいなんて人は、見たことがないんだ。だから、一緒にいたくないんじゃないかと考えてしまうんだ」
ジョシュは、少し黙った。僕は見捨てられる恐怖に襲われて、固く目を閉じた。次にまぶたを上げた時、目の前にはもうジョシュはいないんじゃないかと思うと、体が震えた。
そんな僕の肩が、やわらかくポンポンと叩かれた。それから、握りしめた両手が、あたたかい別の手で包まれた。
目を開けると、そこにはまだジョシュが浮かんでいて、僕の手をとっていた。彼の顔色が悪いのはいつものことだったが、そこにはいつかと同じように、微笑みが浮かんでいた。
「私は、少しばかり目立つかもしれないけど、ヒーローなんかじゃないよ。本当の主人公は、いつだって君自身なんだ。私は、いつも君のそばにいるよ。君は誇り高い、私の友人じゃないか」
のぼせそうなくらい、僕のほほが熱くなった。気がついた時には、僕は照れ過ぎるあまり、レビヤタンの馬車を全速力で飛ばして飛びすさっていた。
ようやく落ち着いてから、ジョシュの手を振りほどいて来てしまったことが気になって、僕は馬車をさっきの場所まで戻した。すると、今度はジョシュが、アパートメントの陰で五人ほどの知り合いたちと話をしていた。僕はつい隠れながら、彼らの話を盗み聞きしてしまった。
「なあ、お前最近、イエルバレットとばかり一緒にいるだろう」
そう言われて――そういえば、ジョシュがそうするものだから、ここでは誰も僕をイーリーと呼ばない――、ジョシュが
「そうだったかな」
とはぐらかす。
「イエルバレットのどこが、そんなにいいんだ。確かにレビヤタンの操縦はうまいけどよ、なんだかビクビクしていて話も面白くないし、あんまり友達にして楽しい奴じゃあないぜ」
本来なら僕は怒るべきところなのだろうけど、むしろ褒められるよりもけなされる方が慣れているので、落ち着く気がした。
更に別の一人が口を開く。
「あいつ、きっと現実では臆病者だぜ。友達なんてろくにいないような奴なんじゃないのかな」
当たっている。なぜ分かってしまうのだろう、と僕が腕組みして考えた時、ジョシュが大声で怒鳴った。
「何が臆病なものか! イエルバレットが初めてここに来た時のことを忘れたのか! 彼は見ず知らずのトッパーを、まだレビヤタンの操り方もよく分からないうちから、グリムルに突っ込んでまで助けたんだぞ。レビヤタンの操縦は、センスがあればできる。でも無関係の人間がピンチになった時に捨て身で助けるっていうのは、誰にでもできることじゃない。彼は勇敢だ! 世界中の何人が、彼と同じことができるのか!」
周りの人たちが、しゅんとして肩を落とした。
「そうだな。俺たち、ちょっと情けなかった」
「いや、私も言い過ぎた。ただ彼には、一緒にいるだけの意味があると思うからそばにいるんだということを、分かって欲しい。さあ、今日はグリムルもいないし、気を取り直してもうひと競走しようじゃないか」
五人はそれぞれにうなずき、ジョシュとともに空へ上がって行った。
ジョシュがなぜ、僕と一緒に人と会うのを避けるのかは分からないままだ。でもきっと何か理由があってのことだし、それを聞かないでおいたって別にかまわないと、ようやく僕はそう思えた。
何かのしずくがポタポタと靴を叩く音がして、夢の中でも涙が流れるのだということを、その時僕は初めて知った。
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