第6話 憂鬱な現実と、自由の空


 次の日、学校に行く途中にベーカリーの前を通りかかると、オージおじさんがふかふかの丸パンを二つくれた。おまけに、ジャムの小袋までつけて。

「どうして、僕にくれるんですか」

「どうしてということはないよ。そうしたいから、そうするのさ」

 そしてオージおじさんは、サア仕事仕事と言いながら、店の前を掃除し出した。そのホウキには、どこかで見覚えがあった。

 暗く沈んで見える街の中にも、時々、明るい顔で朝の道を行く人もいる。

 もしかしたら、昨日倒したグリムルのもとになった人なのかもしれない。


 学校は、今日は、テストの日だった。

 点数は悪くなかったけど、憂鬱だった。案の定休み時間になると、男子のリーダー格のモウアが僕のもとにやって来て、

「イーリー、点数が今ひとつのようだな。やはりこれは、勉強道具がよくないんだよ」

と言いながら、僕の鉛筆を取り上げた。そして両手で鉛筆の両端を握ると、ベキリとへし折ってしまう。

 僕の鉛筆は、四本あった。モウアは次々に四本ともへし折ると、「お礼はいいぜ!」と言ってゲラゲラ笑い、自分の席へ戻った。

 テストの解説の授業が始まり、僕は、半分の長さの鉛筆でノートをとった。

 ひどく書きづらい鉛筆でガタガタの文字を書きながら、僕はひどくみじめな気分になった。

 新しい鉛筆くらいは買える。でもそれよりもはるかにたやすく、モウアは僕の新しい鉛筆をまた折ってしまえる。モウア以外の奴らも尻馬に乗って真似をするだろう。そのたび両親に、僕は何と言ってお金をもらえばいいのだろう。

 僕がひどく書きづらそうにしたからか、先生が僕の手元に目を止めた。

「何だ、その鉛筆は。そんなものでまともな文字が書けるか。これを使いないさい」

 そう言って、先生は鉛筆を二本、胸ポケットから引き抜いて僕の机に置いた。これはさすがに、モウアたちも折れないだろう。

 けれど、気分はあまり楽にならなかった。こんな思いがこれからもずっと続くのだと思うと、心底うんざりした。


 その日の夜、金貨を握りしめて眠ると、夢を見た。

 気がつけば、僕は白黒街にいた。地面の黒い空き地に置いてあるピカピカの馬車の屋根に乗り、一息に空へ舞い上がる。

「やあ、来たね」

 あの少年が、空で声をかけて来た。

「僕は、君の名前を聞いてなかった。教えてよ」

「私のことは、ジョシュと呼んでおくれ。まあここでは名前なんて、好きに名乗っていいのだけれどね」

 それからは、夢を見るたびに白黒街でジョシュに会った。

 彼は僕と同い年くらいのくせに、妙に気取ったものの言い方をする。けれどジョシュは、優しかった。

 レビヤタンのスピードの出し方やうまいブレーキのかけ方、鋭いターンの方法などをいくつも教えてくれた。

 何も邪魔するもののない空を自由に飛び回るのは、楽しかった。

 広い空間を目いっぱい使って宙返りをし、地面すれすれを逆さまになりながら舞い、真っ黒なアパートメントと工場の間の狭い路地を猛スピードですり抜け、そして再び広い空へ舞い上がると、嫌なことなど全て忘れてしまう。

 生まれて初めて、自由というものの素晴らしさを知った気がした。

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