イジョウ

第14話 マノアタリするイジョウ

〔あなたは、今の自分が何者か証明できますか?今の貴方は、本当に今の貴方ですか?〕





「お、おはよー」

 教室のドアを開ける。まだ朝は早く、爽やかな空気が花を通り抜ける。教室窓からは、青空が垣間見え、廊下からの朝日が、教室を十分に照らした。

 不安を一周して、寧ろ健やかに眠れた雪は、和かに教室に入る。


「お! 雪、はよー」

「ともえちゃん!  おはよ……」

「昨日、お前調子悪そうだったからよ。もう大丈夫なのか?」

「うん……。心配かけてゴメンね」


 雪自身に、心配は無い。あるのは幼馴染の2人である。両者ともに、一昨日からまともな会話が出来ていない。

 けれど、心の何処かで、慢心していた。必ず仲良く元に戻れる。今までだってそうだったんだから、と。


 HRの2分前。オカシイ。

 クラスには、まだ通常の半分。10人程度しか集まっていなかった。拓人や小福を除いても、藤森や井上、ましてや真冬の姿さえが足りない。

1 1年生の時に、病気が蔓延した時でさえ、こんなに休む事は無かった。その上、余りに静か過ぎる。もうちょっと騒ついてもいいはずなのに。



 HR開始の合図が鳴る。先生は来ない。やっぱり、いつもと違う。何かが。まるで、ギアを変える時に歯車が噛み合ってないような。そんなもどかしさがある。



「なんか、おかしいね……。いつもなら先生来るのにね。風邪でも引いたのかな?」

 雪は隣の席の南沙に問い掛ける。近くに唯一いたので、小声で会話が出来そうだったからだ。がしかし振り向いた少女は、平常の南沙ではなかった。


「おかしい……?」

「?」

 異様に様子が変であった。


「おかしいのは雪さんの方ですよ」

「え?」


 その言葉を境に教室は、一変した。



「なんで、真冬さんが、雪さんの原因になるのです? ちゃんちゃらおかしいのです」

「え、あっ、それは……」

「真冬さんが、何かしたのです? いえ、何もしてないのです! なのに、なんでなのです!!?」


バンッ!と机を叩かれ、問い寄られる。

「わ、悪気は無かったんだよ……。え、でもなんでミウちゃんがそれを?」

「そんなこと! どーでもいいのです!」


 明らかに、南沙の態度は異常だった。普段の彼女は、困った事があったらダダをこねるタイプの人間。そのため、こんなにも雪を問い詰める事など、是迄一度として無かった。それに矛盾点が他にもあった。雪と真冬が会話をしたのは、二人っきりの教室だったはず。皆が知るはずなかった。


「そうだよ! なんでだよ!」

「何でなの!? 雪ちゃん! 答えて!」


 気が付いたら、クラスメイトに囲まれていた。そしてその全員が、眼の色を変えて、近寄って来ている。雪はその時、身の危険を察知し、眼の異常を使った。

 その場の人間の殆んどが、黒く、禍々しいオーラを放っていた。


「真冬ちゃん! 皆に何したの!?」

 何故か柊真冬が脳裏に浮かぶ。悲痛な叫びを上げても、いない者に届く事はない。

「またそうやって、柊さんのせいにして!」

「姫新さん、頭、大丈夫!? オカシイんじゃないの???」


 ジリジリと言い寄られる。このままじゃダメだと感じた雪。席を立ち上がり、囲みの僅かな隙間から逃げ出そうとした。が。

「なんで逃げるのです!」

ガシッと。肩を掴まれた。振り返ると、南沙美憂の身体から、ゆうに2.5mはある長さの腕があった。不気味な腕からは、所々から血が噴き出す。骨の急成長に筋肉繊維と肌が追いついていない様だった。

「待ってよ……雪さん」

その腕は、雪を離そうとしない。



南沙の異常は骨にある。また、その身体を包む皮膚にも多少異常があり、最大0.7mまで、身体の部位を伸ばす事が出来る。が、その分筋肉率が減り、ヒョロヒョロとした身体になってしまう。だが2.5mの長さなど雪は未だ見たことがなく、その形相から、「怪物」と呼んでしまいそうであった。



「みうちゃん……お願いっ! 元に戻ってよぉ!」

「私は前から、ワタシなのでス。お、オカシイのはユ、ゆきざんのの方なのですっ」


友達に恐怖した。それは、体の奥底から支配される、本能に従じた結果だ。今の皆は、自分にとっての害と、本能が判断したのだ。



その刹那。


「みんなぁ! 俺を見ろぉ!」

囲んでいた、人の壁が、一斉にドアを向く。朝日を背にして現れたのは、藤森。

「遅れたなぁ雪さん! 皆ぁ! 一旦ん、止まれぇ!!」

 そう彼が言うと、皆は「ウッ」と呻く。と、同時に雪の肩にあった腕の力も抜ける。雪は南沙に押さえつけられていた為、目を見ることはなかった。

「ありがとう! 藤森君!」

「いや、遅れちったから、雪さんは感謝なんてヒツヨーないよ」

 焦り混じりの笑顔を向けた。



 藤森駆。彼は意識に異常を患う。自分の意識もさることながら、相手の意識さえも凌駕してしまう。数秒間だけだが。たとえ「自分は王様だ! 皆跪け!!」と嘯いても、数秒間それに従ってしまう。



***



校庭を駆け抜ける。追ってはまだ目視出来ていない。本校者に目を配るが、平常に過ごしているようだ。なぜ私達のクラスだけおかしくなっているのか。


「ねぇ、藤森君! なんでこんな事になってるの?」

息を切らしながら、必死に質問する。

「そんなこと分かんねぇよ! ただ俺も、朝ちょっとオカシくて、遅れて登校したんだよ。そしたら窓際で襲われてる雪さん見つけて。そして……」

「そっ……か。ありがと藤森君」

「いいよ別に! それより、ここを抜けよぅ!」

「うん!」




***




「ハァハァ……。っここまで来れば、大丈夫っしょ」

「そっ、そうだね」


 二人は、雪の自転車に乗った。暫く彷徨った末、雪の家の近くまで来ていた。昼の街は普段学校からしか目にしないが、朝と夜とは違う雰囲気を醸している。


「藤森君、ちょっと家に寄ってくるから待っててくれる?」

「オッケー」


 いち早く、クラスの異常を解決したかった雪。承諾を受け取ると、玄関に足を踏み入れようとした。ノブに手をかける。ガチャと不意に音が鳴る。鍵が開いている?

 本来なら家族全員が全員が出掛けているはずなのに。雪は不審に思う。まさか、クラスメイトの一人が既に来ていた?泥棒?不安が全身を這った。



靴箱には見慣れたスニーカー。と、偶に見る革靴は……?

「こっちゃん!?」

そう。そこには冨永小福と思われる革靴があった。使い古し、少々汚れているが、靴底にはラブリーな消臭シートが施されている。

 二階からギシッと音がする。靴を脱ぎ投げ、勢いよく階段を駆け上がった。雪は迷うことなく自分の部屋のドアを開けた。


ガチャ!

「こっちゃん!?」

何故か確信出来た。その場に小福がいると。けれど、確かにそこに小福がいたものの、それは望まれた状況では無かった。


「あっ! あっ! んっ! ふぅあぁ〜♡。あっ! 雪ちゃんっんっ!」


思わず、その場でへたり込んでしまった。

簡単に状況説明をすれば、小福と拓人が身体を重ねていた。いや、拓人が、四つん這いの小福を後ろから衝いていた。という方が正しいか。

部屋からは栗の花のような異臭が鼻を突く。2人は全裸で、雪のベットの上にいた。


「なっ、何してるの……」

「なっ、何って。アッんっ! 見れば分かるよね? 雪ちゃん?」

「拓人ぉ……。何してるの?」

「……」

「無駄だよ? 雪ちゃん。なんか拓人君、昨日から記憶が曖昧らしくて、あんまりよく覚えてないんだって」

「えっ……」


「昨日学校来なかったよね? それって学校の場所を忘れちゃったからなんだって! アンッ! おかしくよねぇ」


恍惚とした表情を浮かべながら、笑う小福。それは先程のクラスメイト同様、別人のようであった。

拓人は腰を振り続けている。その度に愛液の滴る音と、小福の喘ぎ聲。それらが、座り込んだ雪を追い詰める。



「もうっ。もう止めて!」

 遂に雪は立ち上がり、千鳥足で拓人に近づいた。

「ねぇ! 拓人! こんなのオカシイよ! いつもの拓人に戻ってよお!」



「………………だれ?」


「っっ!」

 雪を見る拓人の目は、本来の輝きを喪っている。雪を雪と認識出来ていない。それはまるで、自分が自分では無いと否定されたようであった。


「君は……誰? 僕は……誰? 僕は誰? 僕は誰? 僕は誰? 僕は誰? 僕は誰? ボクハダレボクハダレボクハダレボクハダレボクハダレ」


冷や汗が走った。もはや人形と化した【ソレ】は、小福を悦ばせるための道具と成り果てていた。ベット伝いに床を軋ませるメトロノームになっていた。

 雪は逃げ出した。それを2人は追いかけようともせず、幸せに包まれたように交尾を続けている。

 もう一秒でも長くいたら、嘔吐していたかもしれない。それは噎せ返る臭いのせいなのか。それとも現状の汚穢した環境がそうさせるのか。



 景色が転んだ。


 胸、腹の底から湧き出る嫌な感情を吐き出した。大声で。


 階段を降り、玄関を抜け、街を裸足で無我夢中に走った。


 死ぬまで走った。もう死んでいるのかとさえ思った。


 足の感覚はとうに消え、声も嗄れている。


 走った。ただ走った。


 足が血だらけになろうと。泪で風景が歪もうと。





***






 気が付いたら、自分の知らない場所にいた。一面木が生茂っている。後ろから藤森が追いかけてくるのが分かった。辺りを確認しようとも、夜のせいか森のせいか。暗過ぎる空間に、視界を阻まれる。


「雪さん、ハァ、ハァ。どうしたのー?」

「ご……ごめんね。藤森君」

 嗄れた声で答える。

 キョトンとした表情を浮かべる藤森。状況が把握出来ないのも、無理もない。むしろ正常な位であった。訳が分からないと言いたげな彼は、現在地を把握するために辺りを見渡す。そして、何かを見つけた。


「ね、ねぇ雪さん……あれって」

 藤森が唐突に、指さした。その先に示したのは。一つの古びた家屋であった。

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