第8話 境出兄弟の SKY DAY
社会科見学終了後から数十分後――――
「案の定、フられた」
部屋に入りざま、渡梨はそう告げる。譲は、既に部屋にいた。
「そう……。頑張ったね」
その優しい一言に、渡梨は泣き崩れてしまった。無理もない。ひた隠し続けてはや5年。言い出すタイミングを何度も逃し、結果があれである。渡梨の性格上、強請るなんていうみっともない姿は晒したくはなかったのだろう。
なんとなく、拓人が雪を意識しているのは彼女は承知の上であった。だが、振り向かせられる事も出来ると、心のどこかで思っていた。しかしそれは、今日。叶わぬ願いとなった。
「うーん。じゃあこれもいらない?」
譲は、ポケットから紙切れを二枚出した。そこには〈☆☆カフェのコーヒー:1杯無料券〉の文字。それは、学園からそう遠く離れていない、有名なデートスポットのカフェのものであった。
「デートとか始めてだったら、無難にカフェかな?と思って。渡梨のために、友達から貰ったんだけど……」
チケットを眺める譲の袖に小さな手がしがみ付く。
「いぐ」
端的に答える。渡梨は半泣きになりながら、喉につかえる嗚咽感をなんとか飲み込んだ。
***
「お待たせしましたー」
可愛いくて綺麗な女性店員は、2人分のコーヒーをトレーに載せてきた。テラス席に座る譲と渡梨の為にカウンターから暫し歩き、音をたてずにテーブルに置いた。日本晴れしている空。木枯らしが、コーヒーの湯気を際立たせる。
譲はどこか機嫌悪そうにしている妹を、なんとか回復させようとしたが。
「2人で出掛けるなんて、久しぶりだね」
と、優しくいつもの笑みを向けるが。
「フられてなかったら、来てなかった」
と、ツンケンとした態度をとられる。
渡梨は、よそわれたコーヒーに角砂糖をこれ程か、とまで入れる。「いや、成功してても来てよ(笑)」と苦笑いする譲は、真逆をとるようにブラックのまま。2人はそれを口にした。喉を通る心地良い暖かさが、お腹に届くのが分かる。思わず
「はぁーーー」
口から、霞のような物体が出てくる。それは、涙腺から雫が流れて、吐息に混じっているのか。中々消える事はなかった。
「良い、天気だね」
「そうね」
テラス席は、景色に空が大半を占めていた。日差しと日陰の温度差が、季節の終わりを感じさせた。白い花を模した細工が施してあるテーブルに、もう一度コーヒーが置かれるとき。渡梨の口角は、すでに上向きであった。
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