第6話 テンコウセイでのヘンカ
今日。雪は珍しく寝坊した。中嶋君の朝練は行われているというのに。
昨日良く寝れなかったせいだろうか。朝顔を洗っても、スッキリしなかった。幸い、朝ご飯をとる時間があった為、制服に着替えてリビングへ向かう。〈薇充電〉を供給地から外す。昨日の内から充電していたので、十分に完了していた。
「今日は、あんた珍しく遅いわね」
「うん。昨日よく寝れなかった」
「まぁ、学校には普通に間に合うんだし、早くご飯食べちゃいなさい」
母親に的確に指示される。いつもなら朝ご飯を5分もかけずに終わらせるのだが、今日ばかりは15分という。普段と異なる行動に母親も心配する。
「あんた、どっか調子でも悪いの?」
「いや、大丈夫」
「ほんとに?」
「うん」
精一杯、元気な笑顔を見せた。母親もそれを見て、詰問することはしなかった。嬉しいのか不安なのか、明確にならない自らの感情に付いていけないでいる。
玄関を出ると、スカートが風で揺れる。早い風が、空の雲を瞬く間に運ぶ。腰の重いその暗雲は、雪にはよく見えなかった。前髪が邪魔したのだろうか。あるいは。
※※※
朝のHRにギリギリに間に合う。
「雪さん、今日はギリギリなのですよ。何かあったのです?」
「ううん。なんでもないよ」
「今日は拓人さんもいないのですよ……」
南沙も、雪の通常外の行動に疑問を示している。いや、クラスの大半が、彼女の不自然さを気に留めた。拓人は珍しく学校を休んでいるらしい。安堵と不安が交差する。小福には、いずれかを伝えなければならないのだから……。
「おい! 姫新! いるなら返事しろ!」
「はい、すいません、先生」
メリハリの無い返事に、先生も
「お、おう。気をつけろよ」
と簡単に返すのであった。
「まぁ、さておき。お前らに重大発表があるぞ」
雪が静かえらせた教室が、ざわつき始める。え?先生遂に結婚すんの?や、まさか本校舎に移るとか? 等、憶測が飛び交う。
「なんと」
「なんと?」
教室の前に座る生徒が、合いの手を入れる。しかし、雪はその間も空を見つめていた。
「このクラスに転校生がやってきます!」
その言葉は、クラスを一斉に盛り上げさせた。
「まじかよ!」
「可愛い女子がいいなぁ」
「このクラスに女子が増えたら、マジやばいな!」
ざわつく。その空間に、八王子先生は、1人の少女を招待した。
「今日から、同じクラスメイトになる、柊真冬さんだ」
「よろしく」
この後、クラスに響いた全員の驚嘆は、窓ガラスを揺らし、隣クラスのHRを妨害。ここ数年で最高値のdbを記録することになった。
「彼女は、アドハー社の娘さんだ。前回の社会科見学で、皆も顔見知りにはなれただろ? それが柊さんの父さんの考え、ということだ。仲良くしてやれよ」
真冬は、先生の指示通り、空いている席に座る。30人許容の教室に20人しかいないので、空席は余るほどあった。その為、隣に誰もいない列の席に、チョコンと座った。
昼休みになると、女子や、数人の男子が、真冬に壁を作る。隣のクラスからも来ているようで、見かけない顔もある。
所謂質問攻めにあっている。しかし彼女は至って冷静にそれを躱す。的確に応答するのであった。
「雪ちゃん?」
「えっ? あっ、こっちゃん……」
小福と雪は、社会科見学の時に十分話していた為、あえて壁に向かうことはなかった。そして小福は、結果報告を聞くために、雪の元に訪れたのだ。
「で、どうだった……かな?」
言葉に出来ないもどかしさが、胸を襲う。答えなければ、不自然に思われる。しかし答えれば……。雪に、嘘を付く余裕はなかった。
「拓人、好きな人いるらしい……」
「っ……。やっぱり」
けれど、落ち込んだ表情の小福は、自分の嘘でしか、励ませられないと感じた。然しそれは、無意味であった。
「け、けどね! だれーとは言ってなかったし、もしかすると、こっちゃんの事___」
「雪ちゃんなんでしょ?」
「え、」
「私、そうなんじゃないかなって。拓人君の事、よく見てたから。そしたら拓人君、雪の事よく見てて、」
「こっ……ちゃん」
水が混じったような、声が重なる。喉から出したはずの声は、なぜか上手く発せられない。
小福は、眼を見開いて、付け加えた。
「雪ちゃんは気付いてないかもしれないけど、拓人君、雪ちゃんの事凄い助けてるんだよ!?」
凄い勢いで、雪に迫る。声を荒げる。教室は、真冬のおかけで、平常?を保てていた。
「だから、わたしっ。多分、雪ちゃんの事を好きな、拓人君が好きなんだなって。だから、私」
小福の瞼がふやけ、口元が緩む。いたたまれない雪には、現状を変える力が無い。ただ、聞いている事しか出来なかった。
「雪ちゃんも好きだけど、私は、自分の友達を嫌いになりたくないから!」
そう言うと、小福は、教室を走り去った。ドアの開閉音に、クラスの数名が気付くが、視線をまたスグに戻す。
「ほんと、どうしたらいいの……」
雪まで泣き始めてしまった。こんな時、拓人がいたらなんと声をかけてくれていたのだろうか。小福を追いかける?私を慰める?
どっちにしろ、それは解決策ではなく、妥協策でしかなかった。
***
その日の午後。
小福は再び姿を表す事は無かった。クラスは未だに真冬にお熱だ。狂おしい程に。
雪には、この状況が不自然に感じた。いや、"雪からしてみれば"だけなのかもしれない。なにせ、親友という存在を失いかけているのだから。しかし、クラスメイトは、こんなにも友達に慈悲が無かったのか。
「あれ? 小福ちゃんどうしたの?」
「拓人君、やっぱこないねぇ」
などの台詞が、一つとして聞き取れない。単に雪の聴力外の会話で、成されてるのかもしれない。
小福が去ってから、授業以外は机に突っ伏していた。ので、声でしか教室の中を判断出来ないでいた。
「っ!」
意識を失っていたらしく、雪は目を覚ます。机のフレームから足がずり落ち、その衝撃で起きてしまった。
騒々しい雰囲気は消え、窓からは血のような夕陽が差し込む。辺りを見渡すと、後ろの席に、ポツンと、柊真冬が座っていた。
「ま、ふゆちゃん?」
「雪……さん」
「他の皆は帰ったの?」
「はい。帰りました」
「そっか」
眼が腫れぼったいせいか、霞んで見える。真冬の表情は、うまく読み取れ無かった。
「ねえ、真冬ちゃん。今日の皆なんかおかしくない?」
「分かりません。今日来たばかりなので」
「そうだけど。前も会ったじゃん」
「はっきり覚えていません」
「なにかおかしいんだよ。皆、私も。あなたが来た途端。違う。まふゆちゃんに会ってから!!」
完璧な当て付けである。柊真冬に一つの非もない。だが、雪の中の感情は、いつしか哀しみから怒りに変わっていた。まるでグッチャグチャに混ぜられたドレッシングのように。混ぜられても感情が水と油のようで、一つにまとまることは出来そうになかった。責任転嫁をした自分も嫌になるほどに。
「すいません。けど、やはり私には」
言いかけている途中に、雪は走り出した。涙の止め方が分からなかった。これ以上自分の醜態を晒したくは無かった。
***
スイッチを捻り、シャワーから温水が勢いよく飛び出す。湯気が浴室を包む。水の先端が、雪の白い肌に刺さっていく。
「なんかもう、わけわかんないよ」
自分が自分で無くなってしまった様で。鏡に映る自分は、なぜ悲愴な表情なのかも分からない。
溢れ出す水量よりも、排水溝に流れる水は、自然と増えざるを得なかった。
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