第5話 コクハクでのヘンカ
某所にて。
「どうだい? あの子達は」
「問題は無さそうです」
暗いというよりは、重たげな口調で会話がなされている。部屋の明かりは少量で、外からの日光で明るさを保っている。
「そうか。うまくやれそうか」
「はい」
「よし、では次の展開に 進もうか」
「……はい」
会話はそれだけ。終には、ドアが盛大な音で閉まった。ドアの向こうはもう見えず、目の前には木目調のペイントが被さっていた。
***
同時刻。
見学を終えた一行は、ホワイトドームを後にした。帰りのバスでは、柊さんの話題で盛り上がっていた。
学校に到着するやいなや、特クラスの人は、行動班から思い思いの行動に散っていった。
「なーんかあっという間だったな」
「そうだね……」
「よし! じゃあ三人で帰りにお菓子工場行こうよ!」
「は!? 今から?」
「まだやってるでしょー」
解散して間も無く、幼馴染である三人は、帰路を共に歩き始めた。自然に。事前に話していたわけでは無く、それが当たり前になっているのだった。しかし、そのうちの1人は___推定はしていた事だが___そうはならなかった。
「あの! 小福さん!」
その掛け声に、三人は、同時に後ろを振り返った。そこにはモジモジしながら、赤面している井上駒瘻の姿が見てとれた。表情、仕草からすぐに内容は察する事が出来た2人。
「なんか、長くなりそうだから帰るわ」
拓人が口を開く。それに雪も続いた。
「……ごめんこっちゃん! 私も予約してたテレビ見たいから、先に帰る!」
勿論嘘である。
「う、うん。じゃあね……」
気後れしながら小福自身も、これから長くなる事が予知出来た。断れない性格にとって、苦行のようでもあったが、相手の心を無下にする事は出来ない。校門へ向かう2人の背中を見ながら、自身の想いを募らす事しかしなかった。
「久坂部くん!」
小福と別れてから、一分も経たない内に。掛け声に振り向くのは、本日二回目である。そして、背後に現れた果敢な勇者は、その言葉を口にする。
「ずっと前から好きでした。私と……付き合ってくれませんか?」
あまりにも大胆不敵なアプローチに、雪は唖然としていた。また、拓人とまさか渡梨さんとは、と。普段2人が接触してる場面を目にしない為、この展開は容易には想像出来なかった。
雪は、その特殊な目を持っていながらも、私用しない事にしている。それは二つの理由がある。
一つは、目への負担が大きいから。元々視力が2.5あった雪だが、今では1.7に落ちてしまった。生活に支障はないものの、このまま下降していくのが恐く、多用しないようにしている。
もう一つは、ややこしくなるから。安易に人の気持ちを知って、現場が良くなった試しが無かったのだ。小さい頃はそれでよく失敗もした。それ故、雪自身の鈍感さ から、人の好意には気付き難い存在だった。
「ごめん。俺、好きな奴いるから」
そう、サラッと流すと、再び校門へと歩き始めた。雪も数秒遅れで拓人に追いつく。渡梨は「知ってたわよ」とでも言いた気に髪を掻き降ろし、そのまま去って行った。
「へ!? 拓人って、渡梨さんと仲良かったっけ? しかも好きな人いたの! 私聞いてないよ!」
拓人に関しての話題で恋愛絡みの事は少なかった、というより聞かなかった。多少イケメンなのは雪にも見て取れたが、まさかここまでとは……。
「馬鹿には、話してもわかんねーし、話す気もねーよ(笑)」
雪の質疑に、そう無邪気な顔をした。雪は家に着くまで、自転車を乗りながらでもしつこく拓人に質問した。が、真面に応えてくれる事はなかった。
土日を挟み、再び学校へと足を運ぶ日がやってきた。無論、雪は朝早く学校へ行ってしまった。その為、ここ最近は小福と拓人の2人での登校となっていた。
「で、一昨々日に、OKした人はいたのか?」
多少沈黙が続いていた中、拓人が話題を切り出す。
「え? いや……全員断っちゃった」
「誰でもいいなら1人決めておけばいいのに? 引く手数多なんだろ?」
「そうだけど、私は私の好きな人と一緒に居たい……よ?」
「そりゃそうだけどよ、このままじゃ学校にいるのが大変になりそうじゃねーか?」
そうなんだけどね……。と溜息まじりで地面を見つめる。想いは実らない。いや実らせるより、今を大切にしたい。その想いが上回り、告げられずにいた小福であった。
が、昨日告白してくれた人だって決死の想いだったに違いない。覚悟を決めて自分の元におとずれてくれたのに、私が覚悟を決めないと、余りにも申し訳ない。という気持ちが小福の胸に渦巻く。それに充てられ、自らの気持ちを、雪に話す事を決めた。
「私ね、実は拓人くんの事好きだったの!」
その言葉は、本来ならもっと早くに言われてた筈だった。登校し、授業を受け、昼休みを過ごし、又授業を受け。気が付いたら放課後になっていた。小福はその身を振り絞ってみたものの、どうやら最後の一歩が踏み出せないでいたようだ。結果、現在は帰路に立っている。
「え! ほんとに!? いつからなの!?」
「けっこう前から……。8年生の時の文化祭から意識はしてたかも」
「うわー! 本当に!? じゃあ告白しなよ! こっちゃんなら絶対断られないでしょ」
「そんなわけないよ……」
どんよりとしたオーラが、小福から漏れ出している。こんなにも「うー…」と魘される姿を見るのは、雪にとっては初めてであり、幼馴染としての責任感が生まれた。
「私に任せて! それとなーく2人っきりにさせてあげるよ!」
「そんな、無理矢理いいよぉ」
「えー、じゃあなんか手伝える事ない?」
「じゃ、じゃあ、好きな人いるか聞いてくれない?いたら、私諦めるしかないから……」
雪は戸惑った。ここで嘘を付いて「いないって言ってたよ」と、小福を後押しするのも良かった。だが、もし以前言っていた拓人の好きな人が小福以外の人間の時、落ち込んだ小福を上手く励ませられるか自信が無かった。そして雪はその間の選択をした。
「分かった! それとなーく聞いてくるよ!」
ありがとう。と答えたはいいものの、先程から繰り返す「それとなーく」が、雪に出来るとは到底思っていなかった小福であった。
***
「雪さん。すいません、少し……いいですか?」
この日、久方ぶりの依頼に普段なら勢い良く飛び出すのだが。今の雪の頭には「それとなーく」のやり方模索で、それどこではなかった。
「私、彼氏と喧嘩しちゃって。仲直りしたいんですけど、彼氏の気持ちを教えて貰っていいですか?」
相変わらず本校舎の人間は奇怪な目を向けたが、二つの依頼で、雪は気にすら止めなかった。
「うん。もう怒ってないかなー。多分。それとなーく話し掛けて、ちゃんと謝れば、許してくれるはずだよ!」
「あ、ありがとうございます! これ、少ないですけど」
報酬の食券を受け取る。ここで雪は自分の発言を思い出した。依頼主はこれから「それとなーく」話し掛けるのだ。それを拓人に話し掛ける時の参考にしよう、と思い付いたのである。
廊下にいた彼氏を見つけ歩き出す依頼主を、雪は階段のコーナーから見届けている。
「ねぇ」
「ん? あ、おう。なんだよ」
「次の授業ってなんだっけ」
「ん……確か国語か」
「ありがと。あ、あと、この前はゴメンね」
暫くの沈黙の後、頭を掻きながら彼氏ははにかみながら
「いや、あの時は俺も言いすぎた。ごめんな」
そして2人は、仲睦まじ気に廊下から教室に入っていった。雪は、頷きながら二人を見送った。
***
「成る程ぉ! ああやって、話題を逸らしてから本題を聞けばいいんだね!」
2人の会話から何かを摑んだ雪は、早速決行した。
その日は小福が急用で早く帰る事となり(という体で)、雪は駐輪場まで拓人と向かっていた。
しかし、いざ話を逸らそうとしても、何を話していいのか分からなくなってしまい、いつも通りの会話すらままならなかった。
「なんかお前、今日はやけに静かだな」
「そ、そんな事ないよー」
口笛を吹いて誤魔化す。いや、誤魔化せてはいないが。
ポケットから薇充電を取り出そうとした。その時、食券の存在を忘れていたせいで、約10枚の紙切れが宙を舞った。
「あぁ! 私の食券んんん!!」
目的を忘れ、無我夢中に食券を拾い集める。
「ひぃーふぅーみぃーよぉー……三枚足んない!!」
足元という足元や、植木の中も探し始めた。しかし、それから間も無く、拓人が声を掛けた。
「ほらよ」
拓人の手の中には、探してる食券が握られていた。風で棚引く食券がカサカサと音をたてていた。
その時、不意に。それはあの依頼主の台詞にオーバーラップしていたのかもしれない。口から言葉になって、それは飛び出した。
「あ、ありがとう」
「ん」
「あとさぁ、拓人。好きな人って誰?」
それは、以前にも繰り返された蒟蒻問答であり、それを発するのはあまりにも愚かであった。雪は「言わねーよ」と返されると思い込んでいた。しかし予想は裏切られる。
「お前だよ」
「へ?」
決まって、主人公というのは難聴なのかもしれない。そんな記事を雪は嘲笑していた。けれど、これは聞き返さずにはいられないものなんだと。心の何処かで感じた。
目をパチクリさせる。
「私の事が、好きなの?」
「そうだよ」
「い、いつから」
「さあな。気が付いたら。まぁでも別に付き合いたい訳じゃないからな。今まで通りにしようぜ」
そのまま2人は会話をほぼする事なく、帰宅した。
えー。拓人が?私を!?
雪は布団の中で悶える。拓人の気持ちは素直に嬉しかった。しかし、自分には長嶋君という存在が……。葛藤する中で、雪は気がついた。
拓人は頭が良い。そして、人の事をよく見て察することが出来る。恐らく、小福が拓人自身にに好意があると分かっていて、尚且つ今迄の三人の日々を壊したくないから、ああ言ったのだと。
拓人は、どんな目で私を見てたんだろう。拓人はどんな気持ちで私と話してたんだろう。そう考えると、急に顔が熱くなった。
「なんか私まで拓人が好きみたいじゃん!」
枕に向かって叫ぶ。しかし、言葉にした事で、より一層明確になっていくのが分かった。
「拓人が好き。拓人が好き? 拓人が私を好き。私は拓人が、好き?」
気持ちをうまく説明出来なかった。だが、小福の事を思い出すと、胸が締め付けられるように痛んだ。
「どうすれば、いいの」
枕に心臓を握られているようだ。どうにもならない感情が、渦めいている。こんなにも物思いに耽るのは、雪には初めてだったのかもしれない。
しかしどんなに相反する、欲求がぶつかろうとも、明日はやってくるのであった。
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