ヘンカ

第4話 ケンガクでのヘンカ

「俺、お前の事が___」

 張り詰めた空気を、後ろから眺めている。まだ出発前だと言うのに、いや、出発前だからこそ。他人を誰よりも先に出し抜く為に。

小福が俯き、応答している最中より遥か前から、雪と拓人は草陰から見守っていた。


 朝早くから学校集合である今回の社会科見学。幼馴染である三人は、一緒に登校しようと約束していたのだが、雪は長嶋君という原動力が無く寝坊。拓人はお腹の調子が悪くて遅刻。小福だけが、早く行く事になった。遅れて来た2人は、余りの幼馴染を探した。

 拓人は嗅覚の能力、もとい異常があった。親しく嗅ぎ慣れた人物なら、居場所の特定は容易である。


 幼馴染3人の能力で、総じて〈なんでも解決屋〉と呼ばれているのは、また別の話。


 その能力を駆使し、辿り着いたのが丁度告白現場であった。そして、現在に至る。

困った顔が明白なので、恐らく今回も断るのだろうと、2人は思った。



______バス車内


「いやー、こっちゃん憎いね!」

「まさか、もう告られるとはな」

 2人が小福を茶化す。小福が人気なのは周知であるが、まさかここまでとはと目を見開く。

「私だって、凄い申し訳ない気持ちでいっぱいいっぱいなんだよ?」

「羨ましい悩みなのですよ!」

 小福と雪の座席の前から顔を覗かせたのは、南沙 美憂(なんさみゆ)。

「私なんか生まれてこのかた、告白される事なんて一回もないのですよ!」

「みーちゃん、綺麗なのにねぇ。というか、私もないから大丈夫だよ!!」

 雪が褒めるが、それで浮かれるような、甘い人生は送ってこなかった南沙。強く反論する。

「ちゃんちゃらオカシイのですよ! 特クラスだけでも男女比はほぼ半々なのに、こう小福さんだけモテるなんて! 男子は顔と体しか見てないのですよ!」

 前席の後頭部から、顔を狂い荒げている。ギシギシと音をたてて、今にも壊れてしまうのではないかと、冷や汗をかく程だ。

「まぁ、そりゃ当然じゃね?小福の方が可愛いし。ていうか、性格も絶対良いだろ」

 通路を挟んで向かいに、藤森と並んで座っていた拓人が反応する。

「拓人さんまでですか!? これだから男子は全然分かってないのですよ!」

 より一層、声を張り反論の意気を昂らせる。それを雪がなんとか宥めている間。小福は両手で顔を隠していた。


 時間はあっという間に過ぎ、気が付いたら、バスはホワイトドーム前に停車していた。前から順番に下車していく。降りた途端に視界を塞ぐホワイトドームの全景は、やはり圧巻であった。

「近くで見ると、やっぱりデケー!!」

 年齢に似合わず、テンションMAX全開アゲアゲで騒ぐ幼児を、一蹴する声が割入った。

「藤森、はしゃぎ方が子供みたいね。もう少し自覚した方がいいんじゃない?」

「うげっ、わたりさん……」

 耳に木霊するような声を静止させたのは、女子学級委員の 境出 渡梨(さかいでわたり)。 冷酷なその対応は、クーラーと揶揄されるにまで至る。

「わたり〜、そこまで言わなくても良いんじゃない?」

 渡梨の後を追って来たのは、境出 譲(さかいでゆずる)。同じく学級委員であり、渡梨の双子の兄である。うって変わってその温厚な性格から、渡梨と比較されヒーターと呼ばれてるとかなんとか。

 藤森から渡梨を引き離すと、一言述べ、そのまま2人は、元のグループに戻っていった。


「はーい。班ごとまとまったか? じゃあ、今日ここの案内をしてくれる、アドハー社の人を紹介するから、元気に返事しろよ?」

 じゃあ、と担任の先生は、マイクを黒スーツを纏った男を全衆の前に呼んだ。

「あ、えーと今日ここアドハー社が経営する、〈ホワイトドーム〉の社会科見学、ということで案内をさせて頂く 高槻 典(たかつきのり)と言います。宜しくお願いします」

 たどたどしい口調の挨拶に、皆が「お願いしまーす」と応える。その後、高槻の指示により、バス停車場からホワイトドーム内なエントランスに移動した。そして、前半2組を見学。後半2組を説明として、雪達は先に見学する事になった。

「わー、なんか懐かしい感じするね!」

「なんか、小さい頃、見たことあるような、ないような……」

 雪が目を煌びやかせている。大神は、染み染みと周囲を観察している。

 そんな行動班に別れたグループは

・雪、小福、拓人、藤森、大神

 というメンバーで構成されていた。


「えーと、ここが集中授産室の入口で、あっちが健康育成室の入口になります」

 高槻とはまた異なる社員が、ゾロゾロと列を成す二組の先頭で、報告の如く説明していく。エントランスには、受付や待合室があり、絵本や綺麗な花瓶などがオーナメントとして飾られていた。他方こちらは、壁も床も天井も、目が眩む様な白色で覆われている。男が説明する大きな入口等の他には、これといった特徴が無い。ただただ通路が、ドアとドアを繋いでいる。


「あのー、中って見せてもらえないんすかー?」

 突如、退屈そうにしていた藤森が平穏から隆起した。

「ごめんなさい。えっと、子供達に細菌が移ると危険だから、ここでは入る事が出来ないんだ」

 丁寧な口調で理由を述べる。チェーと不服を示す藤森。しかし、ここにいる10人も、ほぼ同じ事を考えていた。


 ホワイトドーム内を軽く一周し終えて、雪達はエントランスに戻っていた。

「やっぱり、お菓子工場がよかったね」

 雪がボソリと小福に囁く。

「確かにね。私、子供の達事見てみたかったなぁ」

 期待外れな社会科見学に、一同は意気消沈していた。


 前半組は、映像と社員による説明を簡単に受ける。後半組が帰って来るまで、待機と先生に言われた。

 結局は、いつもの昼休みのように。待合室に行く者や、入口のベンチで受付嬢を眺めてる者。自由気ままに過ごしている。


 後半組が帰ってくる前に、先程の高槻という男が、雪達の前に現れた。

「あの、ちょっといいかな?」

 ベンチで談笑していた雪と小福は、そちらへ注意を払った。

「少しの間でいいから、この子と仲良くしてくれないかな?今、私は手が離せなくてね」

 そう告げると、スーツの背後から、黒のフリルに包まれた少女が姿を見せた。

「よろしく」

 癖っ毛が目立つその少女は、口をあまり使わずに言葉を発した。

「よろしくねー! どこかの学習塾の子? 私雪って言うの! この子は小福! こっちゃんって呼んであげて!」

 雪は、立て続けに自己紹介を始めた。小福はそれに便乗して「よ、よろしくね?」と小声で好意を示した。

「あなたの名前は?」

「柊 真冬(ひいらぎまふゆ)」

「あ! 私の名前と似てるね! 季節同じだね!」

「そうかもね」

 テンションの差が激しい会話が続く。待合室にいた他のクラスメイトも、雪の大声を聞きつけて、徐々に人集りが形成した。

 そこから話は盛り上がった……とは言えないが、それでも、社会科見学がつまらなかったと印象に残った者は、ほぼいなくなった。

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