第3話 クラスの中のニチジョウ

 私立小海おうみ学園。それはここ〈トラレムシティ〉において、最大規模を誇る教育機関である。敷地面積は実にホワイトドーム3個分である(某ドームではない) 。本校舎、第二校舎、別校舎、体育館、プール、食堂、グラウンド、等々。といって構成的には、至って普通の学校である。


 ただ、珍しいのはその状況にあった。この街にはしっかりとした学校が他に存在していなかった。元来、病気蔓延で人口そのものが少数だったので、小海学園以外の学校は設立されないでいた。

 しかし、アドハー社がきてからは少子化もストップ。小海学園の倍率が爆発的に上昇したのだ。


 ここ小海学園では、5歳から19歳までの子供を教育している。先程の事情の上、家の事情や、金銭面で通学が困難な者は、教材だけ買う者もいる程人気があり、毎年入学は困難を極めている。


 雪の家庭は、例に外れず、決して恵まれてるとは言えなかった。優秀な姉の夏でさえ小海学園には入れなかった程である。その為に、望む仕事に就けず、繋転塔での事務仕事をこなす日々であった。そして雪も同じ様な道を辿る筈だった。


 雪が5歳になる頃、小海学園からある発表があった。それはアドハー社がスポンサーに付いた、[教育課程観察プログラム]実施のお知らせであった。概要として、

・入学試験免除

・教育費用8割負担

・定員未定

・特別クラスに入学

・面接、検査があります

・授業、その他の場面での観察対象になります

 というもの。あまりにもローリスクハイリターンである。そのために、雪や小福、拓人が住んでいる地域の少し貧しいの子供はこぞって、入学させられた。


 勿論、当初それは嫌悪の目で見られた。他の年の子供は入学すらままならないのに、ほぼ確実に入れるなんて不公平だ!と。憎しみと妬みの渦が取り払われることは無いなと、誰もが思っていた。

 しかしそれは、間も無く怪奇な目に変わる。



***



「雪さん! お願いしたい事があるんだけど……」

「いつものねー。はーい」

 突然現れた、小さな依頼者から雪は食券を受け取り、右のポケットに詰め込む。既に薇充電が入ってるので、クシャと音が鳴って詰め込まれる。

 別校舎にやって来たのは、本校舎の生徒だ。リボンの色が空色から7年生と思われた。長い髪と雀斑そばかすが印象的だった。雪の名前を知ってるのは、恐らく先輩伝に聞いたのだろうかと予測した。


「あ! いました。えーと、そこのベンチで話してるー、あっ今笑った人です!」

 アヤフヤな説明を頼りに雪は、咄嗟に眼鏡を外し、その男子に目を凝らした。

雪の目には___自由に調節がきくので問題はない___他人の数倍の情報量が届いていた。風景の中から焦点を合わしていく。情報を元に認識した男子からは、イメージ的に、黄色い風が向かいのベンチで弁当を食べている女生徒へと流れているようだった。これは、雪の眼が拾った情報を感覚的に脳が処理しているのだ。

「んっとねー、あの男子は向かいのベンチに座ってる女の子が気になってるみたいだよ?」

 振り向き様に、女の子を見る。すると、あからさまに目から光が喪い、肩を落とした。

「や、やっぱりそうですか……」

「もしかして、狙ってたの?」

「そうなんです。5年の時から同じクラスで。なんとなくは分かっていたんですけど……。ありがとうございました」

 涙目になりながら深々とお礼をしていると、雪達の周辺の人が騒然とし始めた。それに気が付いた依頼者は、もう一度素早くお礼を言うと、颯爽と人混みに紛れた。雪は本校舎から身を引いた______



 雪達の13年-特1、特2クラス(通称 A組 B組)には、人とは違う力を持った人が多かった。それは良く言えば、超能力である。しかしそれは、本人達にとって必ずしも利益を齎した訳ではない。


 能力。それは【身体の支障による副産物】というのが、この時考えられてた論だった。人間は、基準を作りたがる生き物であり、それを求める生き物でもある。それ故、基準から遠く離れた彼らを良く見る人は少ないという訳だ。

 また本校舎の生徒からは、前述の理由で疎ましく思われてる。人から離れた人。自分達より、簡単に入学した人。病気かなんか知らないが、不思議な力を持つ人。どれも異端であり、良くは思われないでいる。

 いつしか別校舎生徒は、食堂、プール、グラウンド以外の場所にいると、不穏な目を向けて来る様になった。


 けれど、能力と言う名の病気は、使い方によってはとても便利であった。雪の能力もその一つ。

 雪は目に映る生き物の、呼吸、体温、心拍数等から、思考、行動を先読みする事が出来る。そのおかげで、入学したての頃に横暴していた食堂などの共同施設での度重なる苛めは減っていった。



「ちょっと小福ちゃん、いいかな?ネジ落としちゃって探して欲しいんだけど……」

「いいよ! 大神さん」

「いやー、助かるよ」

「で、どんなネジなの?」

「このネジと同じ形だよ」

 手に握っていた、小さなネジを 大神巴は取り出す。

「りょーかい」

 それを小福が受け取り、目を瞑る。すると、何かを感じ取ったかのように、彼女はヨロヨロと前進を始めた。

 目を開けないまま、窓際までやってきた。その途中にあった障害物は、全て雪が取り除いたので、無事来ることが出来た。そして、窓冊子に徐に手を伸ばす。

「あったよー!」

「そうだ! さっき、作業の途中でそこに置いたんだった! すっかり忘れてたよ」

 えへへー。と小福は無邪気に笑う。

「さすがこっちゃん。百発百中だね」

 雪は、赤子が初めて歩いた時の様に賞賛する。


 冨永 小福の能力は、引きつけられるというもの。自分の思う物の方向に自然と向かってしまう特性を持っている。


 この調子に、ここ特クラスは、他人とは少し、いやかなりかけ離れていた。一方で、その異常な支障はクラスのアイデンティティでもあった。誰に言われたわけでもない。だが自分達が、ここ小海学園に通えてるのは能力のお蔭だと。心の中で言葉を誦んでいた。



***



 アドハー社は、教育課程観察プログラム以前より、小海学園のスポンサーの一角であった。その為、未来の社員に準ずる、芳しい生徒を欲していた。こうしているうちに一石二鳥の方法が出来た。それは小海学園とアドハー社間の連携による、ホワイトドーム内の職場見学である。数年前より屡々、希望クラスに許可がおりている。そして13年-特別クラスの人達も、遂に来週にその予定が控えたのである。



 数週間前______

「ではー、再来週の社会科見学で行きたい場所を、候補の中から選んでね」

 担任が前の生徒から順に用紙を配る。

「おい、雪はどうすんだ?」

「えー、私はお菓子工場がいいなぁ」

「あそこかよ……もう何回行ったことやら」

「何回行っても飽きないよ!」

 拓人に尋ねられた雪は、家から然程距離が離れていない、お菓子工房と答えた。本当はお菓子工房なのだが、小さい頃は上手く発音出来ずにいた名残である。その時にお菓子工場と呼んでいたのが、今でも続いている。

「私はアドハー社のホワイトドームって書いたよー。将来お医者さんになりたいからね!」

「こっちゃんがナースだったら、わざと怪我する人まででそうだね」

「そんな事ないよー」

 と、言いつつも。小福は知らないが、小福が以前保険委員だった時、そういう事例が多発したのは、雪の恋事情並みに知れ渡っている。知らないのは本人と雪の2人だけである。


 紙を回収し終わると、先生がザッと目を通す。まぁ、誰もが分かっていたが

「よし、じゃあホワイトドームに決定だな。じゃあ先生がアドハー社の人に話しておくから、それまでに班決めをしとけー」

 そう、一言を残して教室を後にした。生徒達は、机から離れ、思い思いのグループに集った。


「やっぱりホワイトドームだったねぇ。私はお菓子工場の方が良かったのになぁ」

「雪ちゃんまたそれ? 諦めなよ」

 悔しがってる雪をその周りの人間が諭す。

 雪のグループには、小福もいた。それに加え、巴、拓人、それと国語係の藤森という男子がいた。藤森は拓人の友達である。

 雪が嘆いてるのと裏腹に、男子達は意気込んでいた。いや、臨もうとしていた。


 小海学園では、少数精鋭の為に、行事が極端に少ない。というのも、例えば運動会も3年に一度だったり、人数が少ないと開催されない年もある程だ。

そのために、女子と関係になれるタイミングが稀なのである。男子は社会科見学と言えど、帰り道や、集合時間前にアタックする輩が多発する。


 小福は一昨々年の文化祭でA組含め、なんと6人から告られたのである。雪も瑛太に告ろうと努力はしたが、本校舎も状況は同じ。瑛太を好きな多数の女子の壁に阻まれて、計画は失敗してしまった。


 それぞれが胸に秘める思いの丈が、どのように現れるのか。それは誰も知る由もなかった。




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