第2話 ガッコウの中のニチジョウ

 雪が学校に早く来るのには、理由がある。勿論、雪の性格からして早く来る事など、大層な理由が無ければ、毎日続かなかっただろう。


 自転車置き場に駐輪し、スイッチを引いて〈薇充電〉を取り出す。そして急いで体育館に向かう。そこではバレー部が、朝練で汗を流していた。賺さずに眼鏡を取り出す。

「今日もカッコいいなぁ」

 そう。目的は、好きな人を眺める為である。

 他クラスである 長嶋 瑛太ながしま えいたは、周りより少し低い身長をものともせず、他のバスケ部メンバーの間を華麗に動き回り、シュートを決める。


 雪が彼の魅力に惹かれたのは、とある休み時間での出来事だった。やる事もなくフラついてた雪の目に止まった、瑛太の繊細な動きは、彼女から瞬きを奪った。最初その感情を、雪は尊敬と呼んでいた。しかし度々見るその都度に、瑛太が頭から離れなくなっていった。


 バスケ部の朝練が終わる。片付けが終わる前に一足早く、教室に戻る。恐らく、彼は雪の存在に気が付いていない。だが、そのポジションが雪には最適だった。恋愛なんて、自分の柄じゃないと言い聞かせて。


 教室へ帰ると、そこには何人かの生徒が登校して来ていた。

「おはー雪。今日も彼の観察かい?」

 1番最初に声をかけたのは、クラスで器械委員を務める 大神 巴おおがみ ともえである。無論彼女を含めた、クラスの大半が雪の偲んでいる恋路を知っている。

「う、うん」

「毎朝お熱だなー。そんなことより聞いてくれよー!私の〈薇充電〉メーターが、いつの間にか壊れててよ。さっき学校の坂を登り終わったら、充電が無いのに気付かなくて、切れちまったんよ」

「うわー、それは辛いね」

「修理に出さないとなー」

 器械委員は、主に薇充電で自動的に動く、色々な備品を直せるのだが、〈薇充電〉自体は解体が許可されていない。即ち、修理にはアドハー社を経由しなければならないのだ。


「出席とるから、はよ座れー」

 後ろを振り向くと、担任が既に立っていた。急いで次席に戻る。


 窓側に設けられた雪の席からは、街の___全てではないが___綺麗な風景を眺める事が出来る。

「……姫新! おい! 居るなら返事をしろ」

「は、はい!」

 教室に嘲笑が走る。恥ずかしくて、顔の表面がイチゴのように紅くなる。


 再び窓に目を向ける。ここから見える景色で1番目を引くのは、やはりアドハー社の〈永久歯車〉(エターナルギア)が稼働している高層発電所だろう。ふと雪は、物思いに耽る______。


***



 アドハー社。

 雪が知る情報は、皆が知ってるような、ありきたりの事しかない。

雪が物心が付いた時からアドハー社は、ここ〈トラレムシティ〉の権力を握っていた。お母さんから聞いた処に寄ると、アドハー社は他の街から孤立しているこの街を救う為に、態々外の国からやってきた企業らしい。


 街の中心には、大きな〈ホワイトドーム〉と呼ばれる施設と、高層発電所が聳えている。雪を含め、殆どの子供達はホワイトドームで出産されている。総合病院とでも言おうか。


 この街は、生後から3歳までの子供だけが罹る病原体が発生している。それはこの街を囲む沢山の木から分泌している成分によるものらしい。そのためアドハー社が来る前までは、成人する人間が極端に少なく、また子供の遺体が其処らにあったとか。


 ホワイトドームの中には、医療機関が凝集していて、私達はその場で生まれ育つ。親元を三年間離れて。しかし今になっては、ホワイトドーム内での確かな記憶はなく、曖昧にも、白衣を着たお姉さんが相手をしてくれていた記憶しかない。


 一方。高い壁に囲まれた、高層発電所の中には、とても巨大な歯車があるとアドハー社は言っている。社員しか中には入れない為、実際にそれを見た事は無い。永久機関を搭載しているので、詳しい説明は極秘。アドハー社の企業秘密である。


 高層発電所は、巷では〈永久機関供給〉(エターナルサピリア)と呼ばれている。そこから蜘蛛の巣状伸びた〈廻線〉(かいせん)は、〈繋転搭〉(けいてんとう)で、回転数を調整され、一般家庭に届く。廻線の中は、自転車のチェーンのようになっていて、永久機関供給の歯車と噛み合い。そして果ての果てで、家の中の供給地の歯車と噛み合っている。


 つまるところ、〈永久機関〉のエネルギーが、余すことなく各世帯に届いているということだ。

 このシステムのお蔭で、住人は薇充電を使い、バイク、車、ヘリコプター、発熱機etc のほぼ全てに及ぶエネルギーを賄ってしまう。



***


「ねえ、雪! 雪ったら」

「へ? ん!? なに! こっちゃん?」

「もー、また外ばっか見てたでしょ」

 気が付いたら授業は終わっていた。次の授業のため、他の人は散らばっていた。そこにクラスメイトであり、近所に住んでる幼馴染みの冨永 小福とみなが こふくが寄って来た。

「まー、確かに阿呆には難しい内容だったかもな!」

 そう挑発してくるのは、同じく近所に住んでいる男子の 久坂部 拓人くさかべたくと 。実は、拓人も2人と同様に、幼馴染みであった。そして、今も同じくクラスにいる。腐れ縁で繋がれた絆というものであろうか。腐ってもその鎖は、切れることはなさそうだった。


「そーやってすぐタクはバカにして!」

「馬鹿にされる方が悪いんですー」

 なにをー!とすぐ雪は立ち上がる。いつもの見慣れた光景に、小福は無駄に口を挟まなかった。

 教室に広がる幾つかの群は、時折チラリと此方を見るが、すぐに視線を戻す。まあ妥当な事である。


 始業のチャイムが再度鳴る。このクラスは雪にとって大切で特別だった。仲間がいて、(好きな人はいないけど)、授業も楽しくて、(教科によるけど)、そんなクラスは、雪には勿体無い位だった。怒っても悔しくても、それが自らの糧になっていると実感しながら。


 そう。

 このクラスは特別クラス。それは雪にとっても、世間から見ても。

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