リフレクテッド・サーフェス

惷霞愁灯

ニチジョウ

第1話 ニチジョウの中のニチジョウ

「おはよう!」

 姫新 雪きしん ゆきの朝は、この言葉をリビングで叫んでから今日が始まる。

「おはよ、雪。今日も早く行くの?」

「うん!」

 リビング中央のテーブルに座り、既に食事中である姉の なつ は、ロングヘアーで清楚なイメージである。礼儀正しく食事する様は、寝癖がひどく慌ただしい雪と相反している。しかしショートヘアの雪も、髪を伸ばせば夏ソックリになる程二人は似ていた。性格はそれに反比例しているといっても過言ではないが。

 育った環境はほぼ変わらないというのに、むしろ同じだからなのだろうか。


 姉の仕事は、始まるのが遅い。(詳しく教えてくれないが) 朝起きるのが早い夏にとっては、朝はマッタリ出来る唯一の時間なのだ。

 姉の倍の早さで動く雪は、リビングを出ると、パジャマのまま洗面所へ向かう。

・顔洗

・化粧水

・歯磨き

・眉毛チェック

・髪を整える

・コロン

・消臭スプレー

・生理の確認

・その他総合チェック

 いつもの項目を頭でなぞりながら、済ましていく。準備が終わると再びリビングに行く。姉に続き、大事な朝食タイムが始まる。寝坊しようが何をしでかそうが、この時間だけは抜かす事ができない

「雪、あんまりガツガツたべないのよ?」

 と、母 桜子さくらこの微笑む顔がオープンキッチンから覘かせる。カーテン越しに伝わる朝陽と相まり、雪に温かなものが届く

「分かってるってー」

 カリカリに焼けたベーコンが、ジュワーと音をたてて、朝ご飯の目玉焼きを際立てている。雪は思うままに、口に放った。黄身が中で弾けとろける。白身は、ベーコンの旨味だけで頂く。乙女とは言い難いその仕草も、美味しそうにご飯を食べる様は、見ていてとても気持ちが良く、母も深くは言及しなかった。


 食べ終わった食器を片付ける頃、ご飯を済ませた姉はネイルを塗りながらテレビを見ていた。

 その姿を背にし、雪は自室のハンガーに掛かっている、制服を目指した。

ショーツとブラジャーは昨日のお風呂の時に変えたから、そのままで良いと判断した雪。パジャマを素早く脱ぎ、キャミソールを身に纏う。制服のスカートのチャックを閉め、三回捲ると膝丈より少し上のスカートになる。ワイシャツのボタンをとじて、ブレザーを羽織る。準備万端になった。


「それじゃ、行って来ます!」

 勢いよく部屋を飛び出し玄関に向かう。すると母から

「ちゃんと〈薇充電〉(ローテエナジー)は満タンにした?」

 との通達を受ける。

「もー、昨日したから! 大丈夫だって!」

「念の為、もう一回しときなさい」

 ハイハイと、溜息を吐きながら雪は承諾する。


 リビングの入口には、 〈給電地〉(サピリアプレイス)がある。外観としては、B5サイズ位で、プラスチック製の箱の中にある四角い枠の中心から、六角形の突起物が生えている感じだ。そこに、雪はポケットから取り出した、厚い円盤の凹と、BOXを開けた中の給電地の凸を嵌める。

 キュイイイイイイイン

 と円盤が音を出す。


「ほらやっぱり、あんまり充電されてないじゃない」

 母の呆れた声が、リビングに響く。そして、雪もハイハイと二つ返事を繰り返す。


 チン!という音が鳴ると、薇充電のゲージはMAXになっていた。

 

 ―――少し説明する。〈薇充電〉は見た目は懐中時計のような、携帯充電器である。〈供給地〉にセットされると、中心の円盤が回転し、充電される。円盤というのは、中にゼンマイが組み込まれている特殊なモノである。〈供給地〉からの回転により、ゼンマイが巻かれて、エネルギーを貯める仕組みになっている。


「じゃあ、本当に行って来ます!」

 いってらっしゃいという母の声を聞く間もなく、雪は玄関を出る。家の脇に置いてある、自転車に薇充電を取り付け、カチッと音がすると共に、突風のように漕ぎ出す。誰かに後ろから押されたような補助を受け、加速度は更に増す。


 街並みをすり抜けていくのは、まるで旋風のようで、雪はこの時間が大好きだった。朝を行き交う人々はどこか楽しげで、活気があった。


 中心街を少し抜け、坂道を登り切ると、雪の目的地である学校が目に映る。堂々と聳え立つそれは、雪の心を踊らせた。


 今日も一日が始まる。

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