第4話 決着を付けるニート
釜戸の所へ戻ると、リーナとアンは笑いながら喋っていた。
どうやらアンが場を和ませてくれたらしい。
ハクェイトが戻った後もその雰囲気は壊れることはなく、ひとまずは安心した。
その後、四人で今までと同じように他愛のない話をしていると、話題は「誰と寝るか」になった。
「お兄ちゃんは誰と寝たい?」
「おっ、俺は一人で寝るから...」
「誰か一人でも対応できるようにできるだけ固まっていた方がいいのよ」
「それはそうかもしれないけど...」
話は分かるのだが、さっきみたいな嫌な雰囲気にはしたくない。
「じゃあみんなで固まって寝ればいいのよ」
アイネスが提案するとリーナが手を上げて「さんせー!」なんて言っている。
ハクェイトは正直気乗りしないが、全員で寝るなら誰に対して云々の話にはならないか、と腹を割り、そのままそこに横になった。
「お兄様」
...気が付いたら寝ていたらしい。
目を開けると頭の上にしゃがみこんでいるアンが見えた。
「お?どした?」
ハクェイトが聞くとアンはもじもじしながら「お手洗いに行きたいので付いてきてもらえないでしょうか」と小声で言った。
ハクェイトは体を起こそうとしたが、体が重くて動かない。
下を見ると両脇にアイネスとリーナがぴったりくっついて寝ていた。
「ったく、無防備な奴らだな」
二人を起こさないようにゆっくり体を捻りながら脱出して、アンに付いて茂みの奥に分け入った。
「あの、暗くて怖いとか、そういうんじゃないですから。あくまで一人だと敵がいるかもしれないので危ないからですから」
別にハクェイトが何を言ったわけでもないのにアンは勝手に弁明して自爆している。
「じゃ、じゃあ、その陰に行きますから、お兄様はここで待っていてください」
「はいよ」
ハクェイトはその場でくるりと背を向け、鬱蒼と茂る森を虚ろな目で見つめた。
しばらくして後ろからちょろちょろと音が聞こえ始めた。
液体が葉っぱにぶつかってはねる音。
「そーいや、昔はよくリーナのトイレにも付いて行ってやったなあ」
トイレなどと言ってもハクェイトの家にそんな設備はないので、近くの小川に連れていくのだが、そのときもこんな音がしていた。
「お待たせしました」
用を足し終えたアンはハクェイトの左腕にしがみつく。
___王女とはいえ、やっぱ子供だな。
そのまま帰ろうとしたのだが、ハクェイトははっと気が付いた。
ちょろちょろという音がまだ続いているのだ。
アンならば今ハクェイトの隣に立っている。
そして鼻をつく独特のにおいが漂い始めた。
「まずいっ、逃げるぞ!!」
アンの腕を引っ張って駆けだすのと後ろの木々が爆発的に燃えるのはほぼ同時だった。
「敵だああっ!敵襲!!」
まだぐーすか寝ているであろう二人に向かって大声で叫ぶ。
しかし聞こえているかどうかは確認できない。
「くそっ!!!」
必死の思いで走り、なんとか釜戸のところまで辿り着くと、アイネスはがたいのいい大男と、リーナはローブを着た髪の長い女とやりあっていた。
邪魔にならないよう、アンと共に息を潜め茂みに隠れる。
鎧を着ていないということは、ただの兵士ではないはずだ。
「やああああっ」
アイネスが大男に切りかかる。
しかし、大男は重いことで知られるアイネスの一撃を正面から、しかも左手に持った鞘で受け止めると、横幅が桁違いの巨大な剣を右手で振るった。
アイネスは咄嗟に剣を持ち直して受け止めようとするが、構えが整う前に薙ぎ払われ、後方に吹っ飛ぶ。
大男はしりもちをついたアイネスの元へゆっくり歩み寄り、鈍い動きで剣を振り上げる。
アイネスは横へ飛び、大男の攻撃を避け、がら空きになった背中に回転切りを入れた。
しかし、服の下に何か仕込んでいるらしく、剣は刺さることなく弾かれる。
バランスを崩した所を、鞘で殴られ、アイネスは倒れ込んだ。
一方のリーナは結界を張りつつ、ローブの女の氷の魔法に炎の魔法で応戦している。
しかし、女の氷は炎に当たっても融けることもなく結界にぶち当たってくる。
結界も万能なわけではなく、かざしているリーナの左腕がしびれて結界を維持できなくなる。
そして遂に結界が割れた瞬間、リーナは作戦を変更して光の魔法で即席の魔剣を作り出し、迫りくる氷塊を剣で砕きながら女に迫った。
女も氷で剣を作り出し、決着は剣術勝負になった。
リーナはサーベルの要領で突き攻撃を繰り返す。
しかし、それはすべて氷の件で横に掃われる。
リーナは相手の意表を突くのに必死で足元に注意を向けていなかった。
「はっ」
気付けばリーナの足は凍り付いて動かなくなっていた。
女は無表情に剣をリーナののどに突き付けた。
...だが、相手二人はとどめを刺すことはなく、踵を返して瞬間的に姿を消してしまった。
ローブの女の魔法だろうか。
「大丈夫か!?」
敵がいなくなったのを確認してハクェイトとアンは二人に駆け寄る。
二人とも一応大きいけがはない様だ。
「あいつら何なの...」
アイネスが不安そうに漏らす。
剣術においては絶対的な強さを誇るアイネスを軽く出し抜いたのだ。
勝てるみこみはあるとは言えない。
「近いってことね」
あれだけの者が出てくるということは敵の根城に近いことを示していた。
そろそろ覚悟を決めなければならないらしい。
四人は喋らずうつむいたまま明るくなるのを待った。
四人はその夜あまり寝付けず、結局日が山から顔を出すか出さないかの早朝に出発した。
「私たちなら勝てるよ、きっと」
リーナが他の三人を鼓舞するが、正直なところ勝てる見込みは少ない。
「無駄に死ぬくらいなら引き返すって手もあるわよ」
アイネスは相変わらず堅実な意見を言う。
確かに、命令は特攻ではないのだから、引き返したって別にいいわけだ。
「でも、それじゃ寝覚め悪くないか?」
ハクェイトは半ば使命感のようなものを感じながら先頭を進んでいた。
「ここまで来て帰るのは...なんか癪です」
アンもハクェイトに賛同の声を上げる。
「じゃあ、他の班が来るまで待って、合流した方がいいじゃない」
「それも意味はないと思うぞ」
アイネスの意見をハクェイトは即座に否定した。
「なんでよ」
「陛下があそこまで目をかけて下さったということは、俺たちの班が他の班よりも優れているからだと思うんだ」
「いや、それはハクェイトが兵士になりたてだからで...」
「それに冷静に考えても見ろ。トップレベルの剣士、トップレベルの魔術師、トップレベルのスナイパー。そして俺だって自分で言うのも何だが、不確定ながら莫大な力を持ってる。これ以上の編成があるか?正直、別の班が加わろうと大して戦力は変わらないんじゃないか?」
ハクェイトの圧倒的な正論に、アイネスは押し黙った。
「仮に俺たちが死んだら、その時はハンデルベンの滅ぶ時だ」
「止まって下さい」
ハクェイトが台詞を決めたところでアンが三人に聞こえる程度の小声で言った。
「あれを見て下さい」
アンの指差す方向を見ると、重なり合う木々の奥に銀色の尖った屋根が見えた。
その高さと規模に一同は絶句した。
「あれがレーデルディアの拠点...」
ハンデルベン=デンスベルグ城より一回りも二回りも大きい。
それどころか、屋根や壁にはこれでもかと装飾が施されていて、まるで技術力の高さを誇示しているようだ。
「...いくぞ」
ハクェイトが振り向くと、三人は黙って頷いた。
三人も、ここに来るまでの間にそれぞれ覚悟を決めたらしい。
ハクェイトは三人の決意を受け取ると、茂みから立ち上がり、怪しげに光る要塞の正面から堂々と姿を見せた。
そして、腰の剣を雲一つない空に振りかざし、大きく息を吸った。
「ハンデルベン軍兵士ハクェイト=ベルシュタインである!!国王陛下のご意志によりこの城の明け渡しを命ずる!!!」
ハクェイトはありったけの声で叫んだ。
それを受けて、城の両脇から大量のレーデルディア兵が槍や剣を持ち、城を囲み守るように立ちはだかった。
「...来い」
ハクェイトが剣を向けて挑発すると、軍勢は統率を成し切りかかってきた。
ハクェイトは剣に腕を任せてすごい勢いで突っ込んでくる兵士共を受け流した。
受け流した兵士は折り重なり倒れて、思いがけず自滅している。
後ろから横から突っ込んでくるが、それはハクェイトの剣の前では何の意味も成さない。
「待てっっっっっ!!」
急に声がしたかと思うと、レーデルディア兵たちは活気をもぎ取られたように鎮まった。
声の方を見上げると、銀色の城壁のど真ん中から突き出した展望台から金色の衣を羽織った長髪のメガネの男が立っていた。
「貴様らが報告のあった四人衆か。いいだろう。我が城にたった四人で立ち向かってきた勇気を称え、弟子たちと交戦させる許可を出そう」
長髪メガネがそう言ったかと思うと、兵士たちは左右に分かれ、元来た道を戻っていった。
「撰隻炎(せんせきえん)、レオディーナ、相手をしてやれ」
長髪メガネはそう言い残し、城の中へと引っ込んでしまった。
「おい待てこのメガネ野郎っ!!」
ハクェイトが怒り心頭で城に攻め込もうとすると、後ろから首根っこを捕まれて引き戻された。
「言葉を慎め。レーデルディア軍司令官の御前だ。お前たちの相手は私たちが務める」
冷徹な言葉に振り返ると、ハクェイトの首を掴んでいるのは、例のローブの女、その後ろには大男まで控えている。
「待ちなさい!ハクに手を出さないで!」
森の方に隠れていたアイネスとリーナが戦闘態勢で飛び出してきた。
「こいつが能無しなのは事前に調べがついている。手に掛ける必要もない」
ローブの女はそう吐き捨てると、ハクェイトを端っこの方に投げ飛ばした。
ハクェイトは思いっきり尻餅をついて悶絶する。
「私の相手はそこのひよっこ魔術師だ。せいぜい足掻くがいい」
「そうはさせないわ」
アイネスがリーナの前に盾として飛び出す。
「お前の相手はこっちだ」
横から大男が切りかかってきて、アイネスは弾かれ飛ばされた。
しかしすぐに体制を立て直し、にらみ合いになった。
これで両方とも1対1の構図だ。
「トェルヒ=デルピエロ様の一番弟子、レオディーナ、いざ参る」
「トェルヒ=デルピエロ様の二番弟子、撰隻炎、せめて楽しませろ」
先に攻撃を仕掛けたのはレオディーナと隻炎だった。
アイネスは隻炎の豪剣を受け流しながら反撃の回し蹴りを食らわせようとするが、それは隻炎の腕で防がれ逆に鳩尾に体重の乗った膝蹴りをもらった。
「がっ...はっ..........」
思わずお腹を抱えてうずくまる。
「立て。貴様とは剣技で決着をつけたい」
隻炎はアイネスに剣を突きつけながら言う。
アイネスは苦痛に顔をゆがめながらも、剣を地面に突き立て、立ち上がった。
一方のリーナは、レオディーナの猛烈な氷魔法に苦しんでいた。
初撃の巨大な氷柱は即席の結界で何とかなったけれども、その後の細かい氷による連続攻撃で結界が破られそうになっていた。
しかし、これは昨日の戦闘で経験済みだ。
リーナは慌てず、ポケットから数枚の紙切れを取り出し、ばらまいた。
「ははっ、呪符かい。これはまた古風なこと」
レオディーナは鼻で笑う。
呪符とは魔力を込めた紙のことであり、詠唱を必要とせず、咄嗟に大きい魔法を使うことができる。
古典的な方法だが、レベルが上の相手へのその場しのぎとしては有効だ。
昨晩のうち、用意しておいたものだ。
一瞬で基盤のしっかりとした結界が張られたはずだ。
「では私も古風なもので対抗しようか」
レオディーナはそう言うと一本のところどころサビレた鎖を取り出した。
「これがなんだか分かるね?」
「...呪具...」
呪具は呪符と同じように魔法を事前に込めておくのだが、その込める対象の特性を活かした使い方が出来るのだ。
「ご名答」
レオディーナが鎖を掲げると、鎖は増幅し、蛇のように暴れ狂い、リーナの回りを囲っている結界をぐるぐる巻きにした。
そしてそのまま内側に締め付けてくる。
最大パワーのはずの結界がみしみしと音を立てている。
___魔力の大きさが違いすぎる。
リーナが負けを悟った瞬間、鎖は結界を八つ裂きにした。
そして、リーナの体に這うように絡まると、その体を十字の形に固めてしまった。
動こうとしても全身に鎖が張り巡らせていて、首から上以外動かせない。
「もう終わりみたいね」
レオディーナは楽しそうにリーナに近付く。
「さあ、大好きなお兄ちゃんの前でどうやっていたぶって上げようか」
レオディーナはリーナの首に手を這わせ、そのまま顎を持ち上げ顔を近付ける。
リーナは悔しさで精一杯レオディーナを睨みつけた
そして、魔法をそっと詠唱しようとしたのだが、いつの間にか声が出なくなっている。
「お口はチャックよ。そんなに私を見くびらないでほしいわね」
どうやら先回りされていたらしい。
___万事休す...。
一方、アイネスは剣を杖変わりに立ち上がり、隻炎と対峙していた。
隻炎はアイネスに先に攻撃を仕掛けるよう、挑発している。
お腹の痛みも収まってきて、アイネスは再び剣を構え直す。
昨日の戦闘で正面突破は無理なことは分かっている。
まずはモーションを大きくし、相手に攻撃する意思表示をしながら正面に切りかかる。
そして、相手が払った方向に自ら移動し、その流れで相手の横から剣を突く。
鎧を着ていないからこそできる素早さを活かした作戦だ。
手応えはあった。
しかし、隻炎は微動だにせず、ゆっくりとアイネスの方を向き直す。
アイネスは身を引くため、剣を引こうとしたが、その剣先は隻炎に握られていた。
「女子供だからといって容赦はせん」
隻炎は切っ先を振り上げる。
アイネスは剣を諦め後ろに退いた。
「指揮官殿に楯突いたのだ。首の一つや二つ、覚悟せよ」
隻炎は二つの剣を構え、殺気を放つ。
___絶体絶命...。
「やめろ!!!!」
唐突に響いたのはハクェイトの叫び声だった。
ハクェイトの体は何かの気に包まれ、それは荘厳なオーラを醸していた。
「リーナとアイネスを傷つけやがって...」
ハクェイトは拳を強く握り、獣のように闘争心を露わにして低い小さい声で喋る。
「許さねぇ...」
「足手まといちゃんが何か用...」
レオディーナが言い終わる前に、ハクェイトはレオディーナの懐に飛び込んでいた。
レオディーナは咄嗟に飛び退くが、次の瞬間にはハクェイトは背後に回り、振り返ったレオディーナの顔面を殴りつけた。
骨の軋む音がして、数メートル吹っ飛ぶとレオディーナはピクリとも動かなくなった。
主を失った鎖は解け、リーナは解放された。
ハクェイトは次に今にアイネスに切りかからんばかりの隻炎に飛びかかった。
隻炎はハクェイトの激しい連撃に二刀流で応戦するが、遂には剣は真ん中で折れ、ハクェイトのアッパーが隻炎の腹を捉えた。
鉄板が入っていたが、それすらも盾の役割をせず、ハクェイトの腕は隻炎の腹にめり込んだ。
隻炎は目をかっと見開いたかと思うと仰向けに倒れ、吐瀉物を噴出した。
まさに電光石火、一瞬の出来事だった。
「大丈夫か!お前ら!」
「先にリーナちゃんを見てあげて」
アイネスに言われてハクェイトは地面にへたり込んでいるリーナのもとに駆け寄り、抱きしめた。
「お兄...ちゃん?」
「無事で良かった...」
「ちょっ、痛いよお」
ハクェイトはリーナの肩を掴んで顔を精一杯近付けた。
「大好きだ、リーナ」
突然の言葉に、リーナは真っ赤になって口をパクパクさせている。
「俺、こんな状況になるまでお前たちが近くにいるのは当然だって思ってて、でも本当はそうじゃない」
ハクェイトはすくっと立ち上がってアイネスの方を向き直した。
「アイネスも」
「そ、それ以上は言わなくてもいいわよ」
アイネスは照れて怒ったような口調でハクェイトを止め、そっぽを向いた。
「わ、私も同じ気持ちだから」
ハクェイトはアイネスに向かって清々しい微笑みを浮かべた。
「まさかこいつらを倒すとはな」
再び頭上から声が聞こえた。
「力が覚醒したのか」
「ああ。今の俺なら何でもできる。早く投降した方が身のためだぞ」
ハクェイトはトゥエルヒに言い返した。
「投降?私が?それは無理な話だな。止めたいな 力ずくで私を殺しに来るがいい」
そう言ったかと思うと、トゥエルヒはそのまま城の中へ戻っていってしまった。
「上等だぜ。後悔させてやるよ」
ハクェイトは気合いを手に込める。
感覚でしかないが、それでも実際手が光り輝いている。
「リーアー充ー...」
そしてどこかのマンガのようなモーションで両手を城に向かって突き出す。
「最高おおおおおおおっっっっっ!!!」
ハクェイトが叫ぶと共にとてつもない光が当たりを包み、爆発音が耳をつんざいた。
舞い上がった砂埃にハクェイトたちはむせ変える。
やがて砂煙が晴れてくると、ハクェイトから前の地面がごっそりえぐれていて、銀色の要塞は両脇を残し跡形もなく消えていた。
切断面には恐怖に震えているレーデルディアの兵士共が密集していた。
「やったか?」
そのとき、まだ煙で視界の悪い城のあった部分から高らかな笑い声が聞こえてきた。
そして、その煙の中からトゥエルヒがえぐれた地面を歩いて出てきた。
「...嘘だろ...」
城が霧散しているにも関わらず、中にいた人が無事などということがあろうか。
「確かに『なんでもできる』ようだな」
城を破壊されたというのに主はこの余裕だ。
「だが、力を使い慣れてない」
「何を言っ...」
ハクェイトが突っ込もうとしたとき、トゥエルヒが腕を払ったかと思うと、ハクェイトの体が宙に浮き、横に数十メートル吹っ飛ばされた。
「今だってお前は結界を張れば身を守れたはずだ。だが、力に慣れていないお前は、それができなかった。それでは宝の持ち腐れだ」
ハクェイトは強く打った腰を押さえながら立ち上がる。
正直、力に不慣れで考えてから動いているので、行動がワンテンポ遅くなってしまっているのは事実だ。
ハクェイトがどうすべきか迷っていると、トゥエルヒはずかずかと森の方へ入っていく。
アイネスとリーナは構えるが、トゥエルヒはそれも無視し、ある一本の木の前に立つ。
相手が何をしようとしているのか気付いたアイネスとリーナは止めようとするが既に遅く、トゥエルヒは木の後ろにいたアンを引っ張り出し、喉元に剣を突き付けた。
「正直、私はこれ以上の肉弾戦を望んでいない。君たちが引き上げたら、晩にこの娘を解放しよう」
「そんなこと言って、私たちが帰ったら殺すつもりでしょう!?」
アイネスが剣をトゥエルヒに向けながら叫ぶ。
「そんなこと言っていていいのか?大人しく帰ればこの娘が生きられる可能性はある。だが、攻撃してくれば生きられる可能性はゼロだ」
トゥエルヒの卑劣な手に、アイネスもリーナも睨むことしか出来なくなってしまった。
その流れを変えたのはハクェイトだった。
二人の間からトゥエルヒに向かい一歩一歩進む。
「来るな。それ以上来たらこいつを殺す」
「その子の代わりに俺を人質にしろ」
ハクェイトは武器を持っていないことの証明に両手を上に上げた。
「ハク!?」
「お兄ちゃん!!」
二人はハクェイトの言葉に驚きを隠せない。
しかし、トゥエルヒはそれを鼻で笑い飛ばした。
「馬鹿め。素性について知らないとでも思ったのか?こいつは王女殿だろう?人質の価値はこっちの方が高い」
ハクェイトはじりじりと距離を詰めていく。
トゥエルヒも近付くな、とは言わず、ただ近づいてくるハクェイトをじっと眺めている。
アイネスはそのトゥエルヒのメガネの奥の目が不敵な笑みを浮かべているのに気付いた。
「ハク!!逃げて!!」
アイネスが声を上げたか否か、トゥエルヒ アンに突きつけていた剣を一文字に振った。
剣はハクェイトの首を捉えた。
剣が通過した瞬間は何も変化はなかった。
だが、その次の瞬間には切り口から大量の血液が溢れ、ハクェイトの一着しかない服を赤く染めた。
その首は胴体を離れ、赤黒い血を撒き散らしながら草の上に落ちた。
次いで、首から上を失った胴体も、仰向けに倒れた。
全てはスローモーションに見えた。
「いやっ.........」
リーナは瞳孔を開き、震える手を口に当て、膝から崩れ落ちた。
胃の中がかき乱され、吐き気がこみ上げてくる。
「いやああああああっっっっ..............」
アイネスは耳を押さえてしゃがみこみ、悲鳴を上げた。
アンはトゥエルヒが剣を振った一瞬の隙を見逃さず、身を翻し、その腕をくぐり抜けて脱出に成功し、打ちひしがれる二人の元へ駆け寄った。
「よくもお兄様を...」
アンは下唇を噛み、目に涙をにじませながら、銃を構える。
「不確定要素は最早いない。あとはお前らをどうなぶり殺すかなのだ。フフフ...ハッハッハッハ!!」
さっきまでの冷静沈着な様相は最早なく、トゥエルヒは下品な笑い声を発した。
「そんな小道具は通用しない」
トゥエルヒが手をかざすと、アンの銃は暴発し、穴が開いて銃としての機能を成さなくなってしまった。
そして再びトゥエルヒが手をかざす。
「ゔっ...」
アンの体に電流が駆け巡り、アンは短い悲鳴を発したあと、痙攣を起こして倒れてしまった。
あとは再起不能な二人しか残っていない。
トゥエルヒは不気味に笑いながらリーナの胸に手を伸ばした___。
しかし、その手はリーナの元まで届かなかった。
それは誰か立ちはだかった者によって捕まれていたからだ。
「お兄...ちゃん...!!!?」
それは紛れもなく、先ほど死んだはずのハクェイトだった。
ハクェイトはトゥエルヒの手を左手で掴み拘束しながら、右手をトゥエルヒに突き出した。
瞬間、トゥエルヒは暴風と共に豪火に包まれた。
「ぐっ...」
トゥエルヒは吹き飛ばされながらも体制を立て直し、煙の中から飛び出す。
見ると、ハクェイトの首切り死体はだんだんと茶色くなり、そして粉になって散り塵になってしまった。
「分身.. あの時か」
さっきトゥエルヒに吹き飛ばされたとき、分身と入れ替わっていたのだ。
煙が晴れ、ハクェイトは再びトゥエルヒに近付く。
「確かにお前の力はすごい。認めよう。だが私には勝てない。何故なら...」
言い終わる前にハクェイトが氷柱を投げつける。
だがそれはトゥエルヒに届く前に真っ二つに割れてしまった。
「何故なら、私は無敵だからだ」
「無敵だと?」
「だからお前がいかなる手段を用いて私を殺そうとしても、無理だろう」
「やってみなきゃわかんねえだろ」
ハクェイトは思いっきり地面を殴る。
すると、トゥエルヒの足元の地面が鋭く尖り、その体を貫く、はずだった。
しかしトゥエルヒはその先端に片足を乗せ、余裕の表情を浮かべている。
「冥土の土産に教えてやろう。私の周りには強力な結界が張ってあるのだ」
「強力な結界だと?」
「結界はな、積むと厚く、頑丈になるのだよ。30年間、毎日積み続けたこの結界は、最早無敵の鉄壁と化してるのさ」
トゥエルヒは鼻高々に言った。
それを聞いてハクェイトは肩を震わせた。
泣いているわけではない。
クスクスと笑っているのだ。
「何がおかしい!?」
「俺、さっき言ったよな、何でも出来るって。結界解くのなんて何てこともねえだろ」
トゥエルヒは鼻をひきつらせて歯ぎしりをしている。
___割と頭悪いのか?この人。
「結界などなくてもお前ごときにぃぃ!!」
トゥエルヒは突然、変形した地面を蹴り、ハクェイトに飛びかかった。
しかし、既に光速の域に達しているハクェイトにとってはスローモーションよりも遅く見える。
空中に浮いている状態のトゥエルヒから剣を奪い取り、それでも目の前に浮いているトゥエルヒの背中に軽くチョップした。
軽くとはいえ、とんでもない速度で打ち込まれるチョップはトゥエルヒを地面に叩きつけた。
「ありゃ、やりすぎちゃったな」と軽く頭を掻きながら、ハクェイトは地面にめり込んだトゥエルヒの顔を覗き込んだ。
「これでもまだ続ける?」
トゥエルヒはゆっくりとした動作でやっとのこと上半身を起こすとハクェイトを睨みつけた。
「早く殺せ」
「は?殺さねーよ?」
この期に及び命令口調のトゥエルヒに対して、ハクェイトはさっさと否定した。
「ふざけるな!生き恥を晒させる気か!」
「だってその方が罰になるっしょ?殺しちゃうより」
あっけらかんと言ってのけると、ハクェイトは重いはずのトゥエルヒを片手でひょいと持ち上げた。
「ちょっとこいつデンスベルグ城に置いてくるわ」
リーナ達にそう言ったかと思うと、ハクェイトの姿はつむじ風と共に消えていた。
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