第8章 破壊の夢(ザクセン・アンハルト)よ安らかに。
再び舞い戻った東の山脈は、さっきと何も変わっていなかった。ところが、都に戻った時には、あんなに疲れきってへとへとだった私も、今はすっかり回復して、意思と、力に満ち溢れていた。というのも、都の人たちは私の姿を見ると、競うように私にお菓子をくれたからだ。お菓子で元気になれるなんて、まだまだ子供だなぁ私・・・。と反省しつつも、喜んで受け取った。つららにバレたら、また怒られるなぁと思うのも、今ではなんだか淋しかった。
―ハル、食べ過ぎだよ。―
セカイがつららの代わりに私を叱った。
「だっておいしいんだもん。」
私はいつものセリフを繰り返す。
都の人たちもきっと、つららと同じ気持ちを持っていたのだと思う。それでもこれは、私の役割だ。つららが役割を果たしたのと同じように、私もしっかりと果たさなければならないと思った。それがきっと、世界のきまりなのだろう・・・と。
紫色の華も、紅の華も、そのままそこにあった。いろんな華たちは、冷たい風にそよいでいた。私の目の前に肉片の一つも残さず、血の雨だけを降らせて、弾けるように消えていったあやめを想った。
「絶対、ちゃんと果たすから。私。」
「にゃあ。」
―ハルなら大丈夫。ボクがいる。―
セカイがそう言った時だった。
「また会えると思ってたよ。シャロン。」
背筋に悪寒がはしった。
「にゃあっ!!」
セカイが魔女を威嚇するように鳴いた。
「ふふふっ、可愛い子だねぇ。さすがカナ。」
魔女はにこにこ笑って答える。
その時、不意に私は気付いた。魔女は私がわかっていたのだ。出会った時から。いつか私が自分を殺しに来ることを知っていて、ずっとそれを待っていたのだ。恐ろしく狂っているなと思った。
「シャロンは気付いたんだねぇ。私を殺しに来たんだよね?」
言っていることと、魔女が私に向ける笑顔との間にあるズレが私の背中に悪寒を這わせる。
「はい。私はあなたを殺しに来ました。」
恐怖で足ががくがくする。歯もかちかちと音をたてている。
しかし、私の声は、強かった。自分の中に“恐怖”の感情があるからこそ、それにうち勝つためには、無理してでも勇ましい声を張り上げる必要があった。
「あははっ、シャロンは本当に素直だねぇ。私、とっても好きだよぉ。」
魔女は楽しそうに笑った。そして、こう続けた。
「でもシャロン、私を殺したら、何が起こると思う?」
「何が・・・って・・・、都に降り積もった雪が全部溶けて、都に春が訪れるの。そしたらもとのように大時計が時を刻み出して、華が満開になって、それから、それから、・・・・・・。」
魔女に話しているうちに、自分の考えが間違っていると言われているような気持ちになってきた。
・・・どうしよう・・・泣きそうだ。
ここで泣いたら“負け”だと私の感覚が告げていた。
「にゃあ。」
―ハルは間違ってないよ。―
きっとセカイも感じたのだろう。私を見上げて鳴いた。
「ふぅん。面白い。」
魔女はセカイの言葉が分かったかのように呟いて笑う。
「ねぇ、シャロン、この世界は、本当にステキだと思わない?」
魔女が唐突に言った。
「なんですか?いきなり。」
驚いたのは、当然私である。
「あなたが世界を欲したから、世界は創られて、あなたが破壊を望むから、世界は壊されるんだね。まるで、不思議の国のアリスみたい。眠りと目覚めによって、とっても簡単に悪意のカケラもなく、世界を創って、壊すんだね。」
「アリスが創造者であり、同時に破壊者であったとしても、私は・・・、アリスなんかぢゃ、ないです。」
自分で言って思った。もしかしたら、この都、いや、世界に春を運ぶということは、冬という季節を壊して、春という季節を再生する行為ではないのか・・・と。
「ね?分かったかなぁ?この世界は、幾度もの破壊と再生で満ちていて、人間は全てが等しく創造者であり、破壊者でもあるんだなぁ。前の日を壊して、次の日を再生するみたいに。面白いよね。」
魔女の言うことは、全てが真実だ。確かに、少し視点は違うけれど、間違ったことは言っていない。
「シャロンは、創造し、壊すモノが他の人よりも大きいだけだよぉ。」
私が何も言わないのを見て、魔女は更に続けた。
「それなら私は、・・・・あなたを壊すだけです。」
私はそう言った。その時、大きな風が吹いて、降り積もった粉雪と、何枚かの花びらが一緒になって空中に舞った。命が、あの華になった何人もの人々の命が散らされている・・・と思った。それは優しくて、頼りなくて、この上なく幻想的な光景だった。
つららが語った“生き物”が、そして“命”がどれほど弱いモノなのか、なんとなく分かった気がした。
「可哀想な人たち・・・。生きることさえ出来なくて、こうして生まれ直すことを選んだのに、やっぱりそこにも死はあるんだものねぇ。だけど、私はそんな愚かな人間たちがそれほど嫌いでもないんだぁ。むしろ殺しちゃいたいくらい愛してるんだよぉ。」
分かるかなぁ?・・・と、魔女は、その光景に目をやって言った。
その目の奥は透き通るように希薄で、笑いの奥の方にある嘆きや憂いが、なんとなく滲んでいるように思えた。きっとこの人は、本当は優しい人なんだ。少し狂ってはいるけれど、心の奥では、人が華になって消えていくことを哀しいと思っているんだ。と、魔女と話せば話すほど、思わないわけにはいかなかった。
「にゃあ。」
不意に足下でセカイが鳴いた。
「どうしたの?セカイ。」
私は驚いて尋ねる。
「にゃあ。」
―ハル、魔女は孤独なんだね。―
セカイの漆黒の瞳が潤んでいるように見えた。
「・・・孤独・・・か・・・。」
セカイにそう言われると、魔女から感じる、心の奥底の深い深い想いに、名前がつけられたように思った。だけどきっと、魔女が持っているのは、孤独を越える何か。私たち人間には、はかりしれないほどの何か。
「魔女さん、・・・あのっ、魔女さんは、いつもここに一人ぼっちで、淋しくないんですか?」
聞いたって意味なんかないだろうと思った。でも、ごく自然に、私の口から滑り出た。
「一人ぼっちではないよぉ?こんなにみんないるし。」
魔女は辺りを見渡した。そこには、たくさんの華が雪に埋もれるようにひしめきあっている。
「でも・・・・・・、ちょっと淋しいカナ。みんなの魂にはもう、カタチなんてないしね。」
魔女の声に笑いは含まれていなかった。純粋に淋しそうだなと思った。
―こん。―
私は、指で作った狐を魔女に見せた。なんとか魔女を元気付けたいなって思った。あの頃、キツネが私になんとか笑ってもらおうとして、私に狐の形を作って私を心配するような動作をしてくれたみたいに。どうしてだかは分からない。そんなことで元気になるとも思わない。でも、魔女の持つ何かを変えるきっかけになったらなって思った。
「ありがとぉ。優しいなぁ。シャロンは。」
魔女の口調はもとに戻っていた。
けれど、その顔には私を愛おしそうに眺める青い眼差しが浮かんでいた。
「正解・・・だったカナ。」
声は、聞こえなかったけれど、魔女の口の動きでそう言ったことが分かった。
「魔女さん、何のこと・・・ですか?」
私が魔女にそう尋ねた時、いつの間にこんなに近くにいたのだろうか、魔女の真っ白な両手が私を前から包み込んだ。白くて長い髪が私の目の前にあった。
「シャロン、私を殺しても春は来ないよ。長い冬が終わるだけ。」
魔女の体はほんの少し暖かくて、ふわりと甘く、とろけるような香りがした。
魔女はこんなにも近くにいる。私が腰につけた短剣を抜いて、魔女を刺したならば、きっと魔女は死ぬだろう。
狩りに行った時に、動物の皮を剥ぐのに使うのだという、つららから借りてきた短剣なら、初めての私にもちゃんと使いこなせそうな気がした。たくさんの血を吸ってきたこの短剣は、冷たく、ずっしりと重かった。
「にゃあ。」
―ハル。―
セカイが鳴いた。でも私は答えない。
「にゃあ。」
―ハル、早く殺して。―
「・・・・・・できない。セカイ。」
セカイの叫ぶような声に、私は言った。
私を包むわずかな温もりが、私の中で失われていくなんて考えたくもなかった。
これが、きっと“命”なのだ。
そして、なぜかとても懐かしい気持ちになった。魔女にこんな風に抱かれたことなんて今までなかったハズなのに。
「にゃあっ!!」
セカイが、更に大きく鳴いた。
―何を躊躇ってるのさ?ハルは氷の魔女を殺して、セリテイルの都に春を運ぶんでしょ?―
魔女に抱かれている私には、セカイの姿が見えない。鳴き声しか聞こえないのに、セカイの伝えたいことを痛いほどに感じた。
「にゃあっ!!」
―早く殺して!!ハル!!!―
「できないよっ!!」
だんだん大きく、激しくなってくるセカイの声に、私は大声で叫んだ。セカイの声が止まった。
「どぉしたのぉ?シャロン。」
魔女がくすくす笑いながら言う。
「魔女さん・・・、教えて下さい。セカイの魂は、どんなカタチをしていますか?」
知らなければならないと思った。魔女が面白いという、セカイの魂。私の一番の友達は、一体何なのか。
「にゃあ。」
―ハル、やめて!―
セカイが私に訴えるように鳴く。しかし、私は耳をかさなかった。
「教えて下さい。」
セカイはどうしてこんなにも、私に魔女を殺せとせがむのか。セカイは今まで、私の気持ちを一番理解してくれた。いつも私の決めたことをそっと後押ししてくれたハズだ。なのに今のセカイは・・・おかしい。そう感じた。
「この子はねぇ、世界の核(アーストロ・ノア)だよぉ。これが、本当の世界そのものなの。世界というモノは、この子を軸にして創られ、そして壊される。シャロン、あなたが壊さなければならない世界は、私ぢゃなくて、この子だよぉ?」
ふふふっといつものように笑って、魔女は私の体を離した。
ー世界の核(アーストロ・ノア)ー
私が望んだ世界は、やっぱりセカイのことだったんだなぁと妙に納得する反面、セカイを壊さなければ春は来ないという魔女の暗示を否定したい気持ちでいっぱいだった。
「にゃあ。」
セカイが弱々しい声で鳴いた。
―ごめんね。ハル。―
「どぉして、セカイが私に謝るの?」
「にゃあ、にゃあ。」
―ボクはいつまでもハルの友達でいたかったんだ。ずっと、ハルと一緒にいたかった。だから、ハルに嘘ついてた。ただの猫のフリしてた。ごめんね。―
「あははっ、そう子は本当にシャロンのことが好きなんだね。世界の核なのにね。」
魔女は楽しそうに言う。
「セカイは私の友達だよ。例えセカイが世界の核であろうと、私にとって一番の友達であることに変わりはない。」
私はセカイを抱き上げてぎゅっと抱きしめた。さっき、魔女が私にそうしてくれたみたいに。大切なモノをそっと包み込むみたいに。
「にゃあ。」
―ハル・・・。―
気のせいか、セカイの瞳が潤んでいるように見えた。
「ねぇ、シャロン、三人で昔話でもしようか?」
「・・・はい。」
私は、正直頭の中がぐちゃぐちゃで、もう何が何だかよく分からなくなっていた。
「おいで。シャロン。」
魔女は、私の手を引いて、私とセカイを雪野原の真ん中へと導くと、そこに座るように促した。私は、素直にそれに従った。魔女は、私の隣によいしょっと座りこむと、透き通った澄んだ声で語り始めた。
「・・・これは、セリテイルの都の人々も知らない話。私と、先代の華の司と、その子に授けられた役割の話。」
また役割か・・・と、思った。きっと世界は、いろんな役割で満ちているのだろう。一人一人に与えられた役割があって、人はそれに気付いたり、気付かなかったりしながら、自分に与えられた人生を生きているのだろうと、なんとなく考えた。
「先代の華の司の魂は、時空の番人(クロノス・ブルーム)のカタチをしていたの。あの日、クロノスは自分で大時計を止めたんだよぉ。時を創り出して、時間を刻む力を止めて、時空を歪ませたの。」
人間っておかしいねぇと言って、魔女はまた私に無邪気な笑みを向けた。
「わざと歪ませた・・・ってことですか?」
「うん。何でだろうねぇ?でもきっと、クロノスははかりしれないほど、大きな望みがあったんだよぉ。クロノスはそれを叶えるためにわざと時空に歪みを作ったの。」
さっき、つららから聞いた話とはだいぶ違っていた。
「そしてその時、囚われの女の子が世界を望んだんだよぉ。」
魔女はセカイに向かって同意を求めて
「ねっ?」
と言った。セカイは不機嫌そうにぷいっと横を向いて
「にゃあ。」
と鳴いた。セカイは魔女のことを嫌っていながらも、その話に肯定の意を示した。魔女が語っていることは、真実なのだと他でもない私の一番の友達が告げていた。
「時空の歪みと女の子の望みは、女の子にかけられていた封印のための“時間封じの鎖”を壊してしまったんだぁ。きっと波長があったんだねぇ。」
魔女は、おかしくてたまらないとでも言うように、あははっ、と狂喜的な笑い声を上げた。
「にゃあ。」
聞いたことがないほどの低い声で、セカイは唸り、魔女を睨むように見上げた。
「そんな顔しないでほしいなぁ。氷の魔女は、みんなが思ってるよぉに、確かに狂ってるけど、優しいトコもあるんだよぉ?私はその時、可愛くて、愛おしい女の子の望みを叶えてあげることにしたんだぁ。ちょうどクロノスのおかげで力はいっぱいあったし。」
「にゃあ。」
―ただの気まぐれだ。―
セカイは嫌そうに言った。
「まぁね。」
セカイに対して、魔女はそう答えた。
「私は、あやしてもあやしても泣いてばかりいた小さな女の子のために、世界の糸を引っ張り出して、核のとろとろしたモノを絡めて世界を創ったんだよぉ。そして、その子に名前と、その世界と、おまけに核を失って死んじゃった世界もつけて、シャロン、あなたにあげたの。ふふふっ。」
魔女は、いたずらをした後の小さな子みたいに、ペロっと舌を出した。
「にゃあ。」
―ハルに与えられた本当の世界は、ボクだよ。―
「そうだったんだ・・・。」
私からはそんな言葉しか出てこなかった。
「おかげで時空の番人(クロノス・ブルーム)は力を失って、そのまま死んじゃったけどね。」
人の死を語る時でさえも魔女の口調は変わらなかった。
「でもね、本当は、世界の核が自我を持つなんておかしいんだよぉ。だって、世界の中心となるモノはみんなのモノだもん。自我なんか持っちゃったら、みんなに平等なモノぢゃなくなっちゃうでしょ?世界は普遍性で保たれているモノなのにね。」
「にゃあ。」
―そんなことは、どうでもいい。もっと語らなければならないモノがあるハズでしょう?―
セカイの抗議に対して、魔女は立ち上がると、芝居がかった動作でセカイに恭しくお辞儀をして、言った。
「あははっ、そぉだねぇ。忘れておりましたっ。セリテイルはね、時空の番人(クロノス・ブルーム)がシャロンを鎖で縛って、封印してたから、年中“春”だったんだよぉ。」
魔女は、今まで話してきた中で、一番大事なことを言ったようだった。しかし私には、言っていることの意味が全く分からなかった。
私は人間なのだ。セカイのような世界の核(アーストロ・ノア)でもなく、先代の華の司のように特別な力を持った時空の番人(クロノス・ブルーム)でもない。まして、魔女のような異能者でもないのだ。だから、私を封印して、年中都に春が訪れるなんてバカな話あるわけがない。
「にゃあ。」
―ハル?―
セカイが、私を心配するような声で鳴いた。
「全然分からないんですけれど・・・。」
一度にいろんなことを知りすぎて、脳がちゃんと処理出来ていない。
「あれぇ?気が付かなかったぁ?私がシャロンレイトって名前を与えた女の子は、時を司る神だよぉ。時空の番人の力の根源。もっとも、その子を創る時に、シャロンの力も一緒に絡めちゃったから、シャロンにはもう力はないんだけどねぇ。」
私の中に広がる、驚きと、不信感と、焦り。私は気付いてしまったのだ。
『私を殺しても春は来ないよ』
と言った魔女の言葉の意味に。
例え魔女を殺しても、力を取り戻した私が、もう一度封印されなければ、セリテイルに永遠の春は訪れない。
そして、深い“絶望”
「にゃあっ!!」
―ダメだよ。ハル!―
私の気持ちを感じとったらしい。セカイが鳴いて、私に摺よってきた。
―ハル、希望を捨てちゃダメだ。魔女の歌は人の“絶望”と共鳴するんだ。そして、あやめちゃんみたいに突然割れる。ハル、信じて。ボクがいるよ。―
私は、何も言わずにセカイを抱きしめた。
「もぉ、二人とも私が悪いみたいに言わないでほしいなぁ。氷の魔女ただ、淋しがり屋な都の人たちを魔女のお友達として、呼んであげただけだよぉ。」
魔女の口調は相変わらず変わらない。
「私のこと、まだ殺そうと思ってる?」
私は、答えられなかった。真実に気付いてしまった私は、魔女を殺すべきなのか、それとも他に道はあるのか、自分が進むべき方向を全部失ってしまったのだ。
「可哀想なシャロンは、どぉしていいのか分からなくなっちゃったみたいだねぇ。それなら魔女さんがシャロンに選択肢を示してあげようかなぁ。」
魔女はそう言うと、細くて、白くて、長い人差し指を一本たてて右手で1を示した。
「1、とりあえず私を殺して冬を終わらせてから、どぉするか、また考える。」
魔女はそこに、中指を付け足して2を作る。
「2、その子を殺して力を解き放ち、シャロンが無の空間に戻って時空の歪みを正す。」
そして、更に薬指を付け足して3を作った。
「最後の選択肢は何もなかったことにして、セリテイルに戻る・・・・・・かな。ちなみに、1を選ぶことにも異論はないよぉ。死は永遠になるための唯一の方法だもの。美しすぎて寒気がするよね。」
魔女はにこっと笑った。
「セカイ・・・。」
私はセカイを見つめた。自分では、どうするべきなのか、もうよく分からなくなっていた。冬が続くこの世界がよくないということは、わかっていた。時空の歪みを正し、時間を再び流れさせることができるのは、私だけだということもわかっていた。でもそのためにセカイを殺せるかとりあえず聞かれたら、それはナンセンスな問いである。殺せるわけがない。
「・・・・・・。」
セカイは答えない。きっとセカイもわかっているのだ。
“2”という選択肢が一番いいのだということを。
「そぉだねぇ。私は、“2”がいいと思うなぁ。」
魔女は饒舌にしゃべり続ける。
「私、シャロンがその手で自分の友達を殺すところを見てみたいなぁ。きっと綺麗だよぉ。その子は、“世界そのもの”だもの。しかも自我を持った。今はカタチがあるから、こうやって存在しているけど、それを壊したら“世界”と“自我”がどう相関するのか、すっごく興味あるよぉ。」
「にゃあっ!!」
―黙れっ!!―
セカイがたまらず叫んだ。
「あれぇ?世界の核は死が怖いのぉ?もともとキミに、死の概念なんてないハズだよぉ?」
―ハル。どうして普遍の存在であるハズのボクが自我を持ったか分かる?―
セカイが唐突に私に聞いた。
「うんん・・・分かんないよ。」
私は答える。
―ハルが泣いている声が聞こえていたから。いつも。ハルが無の中で泣いている声は、ボクの中まで響いていた。ボクは一人ぼっちだったハルの、友達になりたかったんだよ。―
「・・・セカイ。」
小さな黒猫の姿をしたセカイが、ずっと胸に秘めていた大きな想い。とても大好きな私の友達。
きっとセカイは、知っていたのだろう。私も、本当はわかっていた。私たちには一つしか道が残されていないことを。
「セカイ。」
私はもう一度セカイの名前を呼んだ。
「にゃあ。」
セカイは私にそのつぶらな漆黒の視線を返す。
―ハル、ボクを壊せば、世界の時間軸はもと通りになって、時空の歪みは正される。セリテイルにも普通に春がきて、夏がきて、秋がきて、そしてまた冬がくる。でもね、力が戻ったハルは、もうこの世界にいられない。セリテイルには、もう戻れないんだよ・・・。ハル、ボクは壊れるのが怖いんぢゃない。ボクが怖いのは、ハルがまた一人ぼっちで淋しい思いをすることだよ。―
「うん・・・・・・わかってる・・・。」
知らないうちに、涙がほほを伝っていた。
―だけど、ハルは気付いたよね?―
「私は・・・・・・一人ぢゃない。」
「にゃあ。」
セカイが鳴いた。
―そう。一人ぼっちに思えても、ハルのことを理解してくれてる人はいるよ。―
涙が溢れて、セカイの姿がぼやけた。声が出なくて、うなずくことしかできなかった。
「決まったみたいだねぇ。」
魔女の声が響いた。
「・・・はい。」
「わかってるよね?私はゆっくりと観察させてもらうよぉ。」
魔女はそう言うと、また会おうねぇと言ってどこかへ行こうとした。
「待って下さい。」
私が叫んだ。
「ん?」
魔女が振り返る。
「あなたもですよね。ずっと私のことを考えていてくれましたよね?私は全然気がつかなかったけれど。“キツネ”。」
私は、魔女に向かって言った。
「さぁ、どぉだろぉねぇ?」
魔女は、いつも通りの、無邪気な笑みを浮かべて言った。そして、指で狐を作ると
――こん――
と鳴く真似をした。
次の瞬間には、もうそこに魔女の姿はなかった。白銀の山脈に残されたのは、私とセカイだけだった。
「セカイ。」
私が呼ぶと、セカイが鳴いた。
「にゃあ。」
私たちはうなずきあうと、心から沸き上がってくる詩を唱えた。
―― 時の神の詩を聞き、全ての力はあるべき場所へと還れ。神が目覚める今、世界は再び壊される。世界に、破壊の夢(ザクセン・アンハルト)を。――
セカイの瞳が琥珀色に変わった。透き通った輝きはやがて全てを包み込んで――――。
――そして世界は終わった。――
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