第4章 孤独色(こどくいろ)の雪の下に

家に着くと、急激な眠気が襲ってきて、倒れこむようにベットに入ると、夕御飯も食べずに眠ってしまった。どうやら、長距離の雪道の歩行と、緊張と、たくさんの初めてのせいで、とても疲れてしまったらしかった。翌日、私は起きて、服を着替え、朝食を食べた。妹さんの遺品を私が使ってしまうのは、なんだか忍びなかったが、つららの言葉に甘えて使わせてもらうことにした。

「つらら、都の地図とか見たいなぁ。」

私が頼むと、つららは、簡単な地図を出してきて、説明してくれた。


都の中央には、昨日私たちが行った“めしべの宮”がある。がらすのいる円柱形の展望台のような塔だ。そして、めしべの宮を中心に、大きなコンパスで円を描くように、花畑がひろがっている。花畑は、ちょうど時計と同じように、12等分され、それぞれ違う種類の華が咲き乱れている。

なるほど、がらすが言ったように、めしべの宮から眺める華たちは、素晴らしく美しく見えることだろう。太陽が照ると、日時計の原理で、めしべの宮の影が花畑に落ちる。そのため、宮と花畑は大時計と呼ばれており、華の司は、この大時計を見て、記録をつけるのが役割なのだ。


人々が住む家や、店は、花畑の向こうに更に大きな円をかいたように、ひろがっている。


という話だった。分かりやすいつくりだと思った。

「つらら、春になって、雪が溶けたら、私も満開の花畑を見たいなぁ。見れるかな?」

その光景を思い浮かべると、思わず笑みがこぼれるようだった。

「あぁ・・・、そうだな。」

つららは、私の頭をよしよしと撫でた。


そんな時、

「こんにちはー。」

ドアについた鈴が、ちりんとなった。

「にゃあ。」

セカイがドアへと、走って行った。セカイを追い掛けると、さくらが、いい香りのするバスケットを持ち、2人の女の子を連れて、立っていた。

「さくらっ。」

さくらとの再会が嬉しかった。

「ハルちゃん、こんにちは。」

さくらが、私に向かって微笑んだ。私も、にこっと笑った。

「昨日言ってた娘さん。ハルちゃん遊びたいって言ってたから、連れてきたよ。」

「姉のあやめです。」

少し、背の高い女の子が言った。私と同じくらいの年に見える。

「妹のすみれです。」

すみれの声は、高くて、可愛らしかった。

「ハルです。」

私も、自己紹介をした。

「にゃあ。」

セカイが鳴いた。

「いらっしゃい。待ってたよ。」

私の後ろから、つららが言った。

「みんなで食べようと思って、シフォンケーキ焼いてみたんだけど。」

さくらがバスケットをつららに差し出す。

「寒いだろ。上がれよ。」

つららが言ったので、みんなで中へ入った。

「ハルちゃん、これ食べたら、お外で雪だるま作らない?」

あやめが言った。

「やりたいやりたいっ!私、雪だるまなんか作ったことないっ。」

わくわくしてきた。さくらの焼いたシフォンケーキは、ほんのり桜の味がした。優しい味だなと思った。


食べ終わると、三人で外に出た。

「うわぁ、・・・寒い。」

吐く息も白い。

「雪の球作って転がすの。」

すみれがそう言って、雪球を作り始めた。私も真似をして、作り始める。

「綺麗だね。雪って。」

私が言うと、

「えーっ、冷たいだけだよ。」

とすみれが言った。

「ずっと雪なんだもん。嫌になっちゃう。」

と、あやめも言った。

「ずっとって、冬だからぢゃないの?」

驚いたのは、私だった。

「セリテイルに、冬はないよ。」

あやめが、当然という顔で言った。セリテイルは、山に囲まれた都だが、暖かい恒常風のお陰で、標高のわりに、暖かいのだそうだ。だから、一年中華が咲き、大時計も、正確に時を刻む。

「でもね、ず―っと前に東の山脈に氷の魔女がやって来たんだ。華は全部枯れちゃって、それから大時計は、機能を失っちゃったの。」

すみれの声は、無邪気だった。その顔には、笑みさえ浮かんでいる。あまりにも無邪気すぎて、逆に怖かった。

「それからセリテイルの時は、ずっと止まってるの。」

対して、あやめの顔は、淋しそうだった。

「いま、時はちゃんと流れてるんぢゃないの?」

私には、そんな疑問が浮かんだ。

「そう見えるだけ。私達の中では止まってるわ。そう・・・、止まってるの。」

あやめが、穏やかに、哀し気に言った。それは、春を待つのを、諦めたような表情だった。

私は、そんな顔をするあやめに何と言っていいのか分からなくて、口を開いては閉じ、開いては閉じして、パクパクと金魚のようにしていた。

「にゃあ。」

声をかけて摺よったのはセカイだった。

「ありがとぉ・・・。」

あやめは、涙を流しながら、セカイを撫でた。

「お姉ちゃん。」

すみれも、華咲く故郷が懐かしくなったのだろう。あやめに抱きついて泣き始めた。

すみれは、まだ幼い。故に自分が言ったことの意味をちゃんと理解できていないようだった。


色のある世界を想って泣く二人に、灰色の世界しか知らない私は、どうしてもついていくことができなかった。ひどく場違いな気がして、居心地が悪かった。


しばらくして、すみれが突然言った。

「お姉ちゃん、帰ろう?魔女が歌うよ。」

「そうだね。帰ろうか。」

二人の後について、私もつららの家へと向かった。後に残されたのは、3つの雪だるまだけ。丸い背中が、どこか淋しそうに見えた。


みんなが孤独を感じてるんだと感じた。つららも、あやめも、すみれも。きっと、みんなが心に穴を持ってるんだ。・・・私も?私は今、孤独なのかな?セカイがいる。みんないる。でも・・・。分からなくなった。雪は降り止むことを知らない。辺りは死んだように静かだった。まるで、雪が全てを吸い取ってしまったかのようだ。

―時が止まった都―

雪は、憂鬱の色をして降り積もる。


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