ショートショート16 「なぜ人は浮気をするのか」

この小説はフィクションであり、実在の人物、歴史、社会などとは一切関係がありません。ですが、もし万が一怒られるようなことがあれば、作者は全力で土下座します。一切の責任は作者にありますので、皆さんはどうぞご安心の上ご一読ください。




 教育要綱が変わったことで、来春から、小学校の授業で「浮気がバレた時の言い訳」について学ばなければならなくなった。


 昨今、芸能界で度々スキャンダルとなる浮気・不倫騒動。それは人間が古来より受け継がれてきた原罪でもあった。

 かの最高神ゼウスは幾度もの不倫に興じてきた。他の神を統べるべき存在であるゼウスが、何故そのような悪業を行うのか。

 それは、天地万物あらゆる生命は「イイオトコ/オンナ」に逆らえないからだ。それを物語るかのように人間の歴史は繰り返されてきた。ある時は妲己が帝に取り入って国政を堕落させ、ある時はテッド・バンディの甘いマスクに誘われた女性達が次々と毒牙に襲われた。そうした大事件が起きた所以は、首謀者達が皆一様に美人だったからに他ならない。いつの世も美人には到底敵わないものなのだ。

 その事実に辿り着いた学者一同は驚愕し、戦慄した。これは人類を脅かしかねない真理だ。そう確信した学者一同は、速やかに教育の改革を訴えた。美人に敵わないことは最早覆しようのない真実。それ故に浮気・不倫が起きてしまうのは必然と言えよう。であれば、我々はその情動に逆らうべきではない。情動はコンスタントに発散されなければフラストレーションとなり、やがては人を犯罪の道へ追い立てる。世界各地で起きる性犯罪のほとんどが「ムラムラしてやった」という心理に基づいて起きたことが何よりの証拠である。

 それを未然に防ぐにはやはり教育が必要だ。それも幼少期から正しい性教育を実施して、人類が間違った生き方を選ばないように努めるべきだ。

 しかし、一夫一妻制を布く日本国において、浮気・不倫を容認するかのような教育方針は許されざる考えだった。政治界、教育界、PTAの婦人方……etc。各方面からの厳しい反対は立て続けに起こった。人間は野蛮な動物ではない。汚れなき純愛を求めることこそが人間を人間たらしめるのではないか。その努力を放棄すれば、人間はより低俗に陥ってしまう。そのようなことがあってはならない。否定派の論調はやがて苛烈を極めた。

 やはり浮気・不倫は罪なのか。このまま、抑えきれない情動が招く悲劇を食い止めることはできないのか。肯定派は落胆した。そんな彼らに、救いの手が差し伸べられた。

 それは芸能界の人々だった。ベッキーをはじめとして、芸能界は浮気や不倫が横行していた。それにも関わらず、彼女らはテレビの画面に現れ続けた。それは、ひとえに芸能界という世界が浮気・不倫に寛容であったからに他ならない。数々のバッシングを乗り越え、襲い来る病み期を克服して、浮気・不倫芸能人はテレビに出続けた。

 そんな彼らが「浮気・不倫の肯定」という神をも恐れぬ教育方針に賛同の声を上げた。様々なマスメディアを通じて、改革の実施を呼びかけた。その声に呼応するようにして、賛成者の数は増えていった。

 肯定派対否定派の論争は日本、いや世界各地で起きた。それは一夫一妻制と、一夫多妻制および多夫一妻制との闘いでもあった。

 人は純愛に生きるべきだ。野生に帰ってはならない。いや、より優れた遺伝子を残そうとするのは逃れられない本能による感情だ。人類が今後何千年と反映し続けるためにも、浮気や不倫は行われてしかるべきだ。飛び交う発言はさながら弓矢のように、両者の心へ鋭く突き刺さる。そして、長きに渡った論争に決着をつけたのは、


 石田純一であった。


「僕は今の妻のことはもちろん愛しています。けれども、それまでに愛してきた女性(ヒト)達と築いてきた関係もまた、本物の愛だと思っています。本気で愛した過去を無かったことにしたくはないんです。多くの異性を愛することは罪ですか。一人だけを愛することが正義ですか。人間というのは、そんなに狭苦しい枠組みの中でしか生きられないものなんですか。僕は人間の可能性を信じたい」


 彼の言葉は、肯定派と否定派の垣根を超えて全ての人々の心を震わせた。満場一致でスタンディングオベーションが起きたことは当然と言えよう。

 かくして、浮気・不倫を前提とした教育改革が進められた。多重婚の法的認可が行われて、また学校においても、バレないように浮気・不倫をする方法といった「浮気・不倫マニュアル」に基づく教育が実施されるようになった────


「────という歴史を経て、小学校でも浮気がバレた時の言い訳について授業を行うことになったのです」

「せんせーい。前置きが長すぎて授業が終わりそうでーす」


 キーン、コーン、カーン、コーン。授業終了のチャイムが鳴った。

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