ショートショート14 モッチー日和

 その日、公園は人でいっぱいだった。子供らはすべり台にジャングルジムと遊具を周り、母親らはそれを見守りつつ談笑にふける。ベンチに腰かけるお爺さんは鳥のさえずりに耳を傾け、鳥たちは翼をはためかせて空を舞う。

 その中に混じって、二人の兄妹が遊んでいた。一方は一七、八ほどの男子で、もう一方は四、五ほどの女児だ。二人はゴムボールのような球体を投げ合っている。それはちょうど妹が両手いっぱいに抱えられるぐらいの大きさだった。


「にいたん、いくよー」


 妹は両手で持った球体を力任せに投げる。向かい合う兄は「バッチコイ」とばかりに腰を落として構える。

 プワーン、と緩やかな放物線を描く球体。そして、それは兄の懐に収まる。


「ナイスキャッチ〜、だッチ」


 そう喋ったのは、兄に抱えられた球体だった。

 よくよく見ると、球体にはちっちゃな手足と三角耳が生えて、表面には顔らしきパーツが揃っている。表情を察するに、彼は笑顔である。


「よし、次は俺の番だ」


 動物のようで動物でない謎の球体を気にかける様子はなく、兄はそれを下投げで妹へ渡す。妹はヨタヨタと動きつつも、球体を地面に落とすことなくキャッチする。「ナイスキャッチよ、華ッチ」と球体が言うと、妹は照れくさそうにはにかむ。

 再び妹の番がきた。全身で支えるようにして、先ほどよりも力強く球体を投げる。兄は今度もキャッチしようと構えていたが、伸ばした手が球体を弾いてしまう。あらぬ方へ飛んでいく球体。ボヨン、ボヨンとバネのように地面を跳ねていき、やがて公園の外へ出ていく。


「危ない!」


 兄が叫んだのもつかの間、飛び出した球体に自動車が突進してきた。推定時速四十キロメートルの力が加わって、ボヨォーン! と勢い良く球体が飛ばされていく。さながら大砲のように球体は飛行する。その後を追って、兄妹は公園を走り去る。

 球体の飛行は止まることを知らなかった。住宅の屋根に当たっては跳ねて、敷地を囲う外壁に当たってはまた跳ねて、町中のあらゆる物々に当たっては跳ね続けた。球体にとってかかれば、町中がトランポリンと化してしまう。縦横無尽に跳ねる球体の後を、兄妹は懸命に追った。

 球体を追って東奔西走。途中で疲れた妹を兄が背負い、追跡は続いた。そして二人と一体の追走劇は決着を迎える。

 球体がたどり着いたのは川原だった。河川敷の歩道をバウンドしていって、ついには川の中へドボンと落下した。それに続いて、兄妹も川原にやってくる。


「冷てぇッチ!」


 叫び声を上げたかと思いきや、豪快な水しぶきとともに球体は上昇する。それから、空中でクルクルと回転していき、やがて兄妹の元へ華麗に着地する。


「やっとおいついた〜」


 ヘナヘナとした声を妹が上げる。兄は安堵のため息を吐く。


「まったく。どこまで飛んでいけば気が済むんだよ。追いかける俺たちのことも考えろよな」

「ごめんごめんッチ。ボヨンボヨンと跳ねていったら病みつきになっちゃって、途中からハイなテンションで飛んでたッチよ」


 球体は恥ずかしげに頭をかく。それから、身震いして水気を飛ばす。「濡れるだろうがー」と兄は不満を漏らす。


「今日はなかなかスリリングで楽しかったッチ。またやってみたいッチ!」

「こっちはゴメンだ。お前のせいで散々疲れたんだから。なぁ、華?」

「うぅ、おうちかえりた〜い」


 気がつけば、太陽が沈み始めていた。橙色に染められた空の下、二人と一体は揃って家に帰るのだった。

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