ショートショート4 緊縛

 絡みつく極太で粘着質な糸が胴や四肢を絞め上げている。地を這い自由を奪われた己の姿に、歯痒さを覚える。

 森の祠へ訪れたのが運の尽きだったようだ。ここは月光が差し込まれる薄暗い洞窟。その中でうごめく気配があった。蟲が敏捷に走るような嫌悪感が脳裏をよぎる。


「そう怯えなくても大丈夫よ。貴方に酷いことはしないつもりだから」


 女の声が洞窟内に響く。仄かに光る眼が僕をネットリと見つめる。

 現れたのは文字通りの化物だった。上半身は人で下半身は蜘蛛という異形の化物。僕を絡め取った糸はコイツが作り出した物だ。ほどくのは至難の技で、どうあっても逃げられそうにはない。


「ば、化物の言うことなんて誰が聞くか! さっさと僕を解放しろ!」


「あら、自分の立場が理解できていないようね。なんて生意気なのかしら」


 さして気にしない風の蜘蛛女は僕の方へ近寄ってくる。蜘蛛女が人を喰らうというのは本当なのだろうか。そんな不安がよぎり体が震える。

 そうして何も出来ぬまま、女の接近を許してしまう。近づくや否や、僕の体を容易く抱き上げる。目と目が合う。不快と緊張の沈黙が続く。

 すると、不意に女の顔が迫る。かろうじて動く頭を懸命に振る。が、片手で押さえつけられ、とうとう唇を奪われてしまう。舌と舌が絡み合う。弾けるような快感が脳を侵食する。その刹那、僕と女の呼吸が同調する心地がした。

 やがて、濃密な接吻から解放された。口内に残った女の唾液には、不思議と不快感を覚えなかった。

 蜘蛛女は恍惚とした表情を浮かべる。妖しげに灯る目の光に、思わず吸い込まれそうになる。


「人の子を捕まえたのは久々なの。折角だから、じっくりと堪能しないと勿体ないでしょう」


 耳元で囁かれる女の横言。しかし、それは同時に禁忌の快楽へと誘う甘言でもあった。

 女の吐息が僕の耳や頬、首筋を舐めるように触れていく。次第に、僕の心から恐怖も嫌悪も消失していった。代わりに生み出されたのは、止まることを知らない情欲のみだった。


「あ……。あぁ……」


 言葉にならない声が弱々しく洩れ出る。人間を人間たらしめる理性が崩落していくのを感じた。一思いに犯してくれ、と強く願ってしまう。そうすれば人の道理などという桎梏から解放されて、肉欲の限りを尽くせるのだから。


「さぁ、今宵は愉悦の時。存分に溺れましょう」


 異界の民は宣言する。今の僕にはもう抗う気持ちは抱けなかった。

 そして、長い長い夜は続くのだった。

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