フラグメント4
彫っても彫っても仏様はお見えになられなかった。
ただ、苦悩と疑心に満ち溢れたこの世の中を仏様に変えて頂きたいという一心だった。そこで現世における仏様の形代を作るために、木像を彫ることにした。
来る日も来る日も木材を削り続けた。しかし、仏様はお見えにならなかった。
「人間というのは誰しも大人になるものです。大人になれば責任というものを背負うことになります。それが義務なのです。皆さんには、その義務を果たせるだけの十分な力を養ってもらいます。皆さんの力が、この社会を支えていくのです」
先生の言うことは全て詭弁である。大人になっても責任を果たさない輩は大勢いるし、むしろ大人の方が社会をより混乱させているのは事実である。
“先生は責任を果たせているのですか?”
こんな質問を投げかけた時、先生はどんな顔をするのだろうか。想像するだけで、何となく可笑しな気持ちになる。
「これは特筆すべきものが何も無いので価値は零に等しいでしょう。私にはこれから見出せるものが何一つ見つかりません」
なんて愚かしい言葉なのだろう。自分の矮小さを露見させていることにも気付かず、自分の意見がさも正当であると勘違いをしている。さぞや内心ではしてやったり、と思っているだろう。
真に能のある者は、無価値に見える事物から価値を見出すことが出来る。錬金術師はこの現代においても生き続けているのだ。有能と無能。この者がどちらであるかは私の中では明白だった。
私の知る世界に光は存在しなかった。
私が住んでいる場所がどういう所なのか、私の周りにいる人間がどういう顔立ちなのか、光と闇はどう違うのか。それら全てを知ることが出来なかった。
ただ一つ良かったのは、私のことで嘆く両親の顔を見なくて済むということだった。
漆黒の少女は、私の額に銃口を向けている。彼女の目に曇りは無い。私はこのまま彼女に殺されるのだと直感した。
この十七年間、ずっと死にたいと思っていた。その悲願が叶うのであれば、甘んじて殺されよう。
「どうせ死ぬなら、貴女の殻を破ってみない?」
銃声が響く。私の意識は途絶えた。
一人でいることに嫌気が差した。孤独でいる寂しさも孤独であることを揶揄される辛さも孤独にしかなれない自分への不甲斐なさも何もかもが嫌になった。
だから僕は他人と関わる努力をした。様々なコミュニティに参加し、たくさんの人と話すようにした。今まで苦手だった人に話しかけることを積極的に行うようにした。自分の時間を費やして、なるべく大勢でいる時間を多くした。
でも、結局のところは駄目だった。
要は皆といることにも嫌気が差してしまったのだ。交流を深めているはずなのに、ふと自分だけが置き去りにされる感覚がした。なんで僕はここにいるのだろう。なんで周りに気を遣って愛想笑いを浮かべているのだろう。なんでここでも孤独を感じているのだろう。
これが僕の人間性なのだと思った。もしくは、これが僕という器の限界なのだと思った。
器を何かで満たしても、底に空いた穴から次々と溢れ出てしまう。満杯になったとしても、時間が経てば全て残らず無くなってしまう。
助けてほしいと思っても、誰に助けを求めればいいのか分からない。誰も信用出来ないし、誰かを信用しようとする自分自身も信用出来ない。
もううんざりだ。このまま無意味な人生を送るぐらいならば。自堕落に無様な姿を晒し続けるぐらいならば。
こんな器なんて、壊してしまいたい──────
びちゃり。びちゃり。
粘っこく水っぽい足音が聞こえる。それはどうしようもなく不快で、どうしようもなく恐怖を呼び起こさせる。
びちゃり。びちゃり。
少しずつ音が近くなっていく。
びちゃり。びちゃり。
否応無しに鼓動が早くなる。
びちゃり。びちゃり。びちゃり。びちゃり。びちゃ────
目の前に現れたのはこの世のものとは思えないほど悍ましい怪物だった。
「ウオリャァァァァァァァアアアア!!!」
その刹那、凄まじい轟音が響き渡った。
地下道に生じた大穴から外界の光が入り込む。先ほどまでの陰湿な空気はどこかへ消えていく。
「う~わぁ。これ絶対にアイツの体液じゃん。キモチワリィ」
男はジェルの如くドロドロの液体に触れてしまったことを激しく後悔していた。
怪物の襲来も地下道の崩壊も、彼にとっては重要事項ではなかった。
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