フラグメント5

 ワタシの夢は、友達と思う存分に遊び回ること。様々な娯楽を体験して、その日その日を思い出として心身に刻みたい。

 ワタシの夢は、恋人と心安らぐ時間を共に過ごすこと。お互いにくつろいだ姿勢で他愛もない話をして、愛を育みたい。

 ワタシの夢は、家族と何気ない団欒をすること。それぞれがその日にあったことを語り合い、温かい食卓を囲んでご飯を食べたい。

 人並みに幸せな生活を人並みに享受する。そうした願いをずっと抱き続けてきた。


 しかし、それは叶わないことを知って絶望した。

 悲しくて一晩中泣き続けたこともあった。悔しくて暴れたこともあった。恐ろしくて自分自身を傷つけたこともあった。あらゆる負の感情がワタシを責め立てて、ワタシ以外のものを外側で堰き止めた。

 なぜ、こんなことになってしまったのだろう。自らの運命をこれほど呪ったことは未だかつてない。

 ワタシがどうしようもなく不幸な星の下に生まれたことは、周りの人々を見て痛々しいほどに実感した。幸せそうに日々を謳歌する人々を見ると、胸の奥が締め付けられるようで、熱く煮えたぎるようで、黒い靄に覆われるようで。とにかく落ち着くことができなかった。

 特別なものなんて何もいらない。ただ、普通でいたいのだ。普通の女の子として生きていたいのだ。なのに、なぜこうもワタシを苦しめるの?

 ワタシの苦悩は誰にも取り除けないのだろう。そう考えると、ワタシは助けてもらう価値なんてゼロに等しいのではないか、とさえ思ってしまう。

 自虐は自身の首を絞めるだけだということは分かっているはずなのに。どうしても自分を貶めることばかりしてしまう。なんてみっともない女なのだろう。こんな心、誰にも見られたくはない。

 延々と繰り広げてきた自問自答。生まれながらにして持った咎を抱え続けるうちに、とうとうワタシは自心を偽るようになった。無様な生き恥を晒すぐらいなら、いっそ死に際まで苦しみ続けた方が良いだろう。誰のためでもなく、ましてや自分のためにもならず。ワタシはただ朽ちていくのだった──────。






群中個(ひとり)


 周りはこう言う。

「人は一人では生きられない」

「人は共に助け合って生きている」

「人は皆何かしら集団に属している」

 それは最もだ。赤ちゃんは親が居なくては満足に育つことができない。

 現代の人間は家族に養われ、学校で学び、職場で働き、新たな家族を育む。そうして一生を終えていく。そう考えると、集団の中に属するのは必然だし、共に助け合うのも必要なことだろう。

 だが、こういう意見はどうだろうか。

「個人が勝手な行動を起こすと、周囲に迷惑がかかる」

「集団に属しているなら、何か貢献してほしい」

「集団の一人であるのならば、秩序は乱すべきではない」

 これに対して僕は首を傾げた。

 確かに誰か一人が周りを省みない行為をしていれば、それによって被害を受ける人も現れるかもしれない。実際に害があってからではもう遅い。だからこそ、予防(あるいは戒め)の意味を込めて貢献の要求と秩序の安定を望むのだろう。

 しかし、それは個人を縛っているだけではないのか? それは本当に許容していいものなのか?

 何も人に迷惑をかけてもいいと言っているのではない。ましてや、犯罪に手を染めてもいいとは思っていない。

 ただ、規律を作るということは人の尊厳、自由を束縛しているのだという自覚をもっと明確に持つべきだろうと言っているのだ。

 所詮、僕達は悪性を持って生まれた、数多の生物の一種類でしかない。真性な聖人君子など存在しないし、神にも近い存在になれる者など存在しない。あくまで僕個人の独断と偏見に基づいて書き記しているだけだが。

 つまるところ、そんなちっぽけな存在が作り出した決まりごとをあたかも絶対遵守するかのように語るのは止めてほしいだけなのだ。






「お前は私を友と呼んでくれた。それはとても嬉しいことだ。しかし、お前のその優しさを受け入れることはできない。受け入れてはいけないのだ。

そもそも私は人間ではない。人間を滅ぼす者だ。だから私とお前とではどうしても敵同士にしかなれないのだよ。

私は苦しい。今まで何も疑わなかった自分の宿命を、今では憎いと思っているのだからな。こうなったのもお前と出会ってからだ。お前がいなければこんなにも苦しむことは無かっただろう。けれども、お前と出会わないifを想像すると胸が張り裂けそうになる……。

なぁ、○○。お前は私と出会って嬉しかったか? こんな化物と話をして楽しかったか? 私はお前にとっての何になれた?」


 彼女が投げかけた言葉に精いっぱいの笑顔とともに答える。


「前にも言った通りさ。君は俺にとってかけがえのない友達になったんだ。君と出会えて本当に嬉しかったし、君と一緒にいた時間はとても楽しかったよ」


 俺の答えをどう受け取ったのか。満足そうに彼女は微笑み頷く。


「そうか……。そう言ってくれるのなら、私は何も思い残すことはない」


 彼女は右手を俺の方へ突き出す。ちょうど掌を見せるように。それは俺を遠ざけたいようにも見える。


「これで潔く、お前達を殺すことができる」


 俺達の亀裂は決定的に深まった。






HERO(初稿)


 この世には、善と悪が存在する。

 それらはどちらも人間の心の中に生まれながらに存在している。しかし、それらは決して相容れることはない。善行を働く者がいる一方で悪行を働く者がいる。また、それが逆転してしまうこともある。

 まさに、善と悪は表裏一体なのである。人が人である限り、善も悪も永久に途絶えることはない。






 R市で事件が起こった。R市で一番大きな銀行に強盗が侵入したのだ。強盗は四人組の男で、全員が覆面をしている。それぞれが拳銃を装備し、客や銀行員を瞬く間に人質にとった。


「大人しくありったけの金をバッグに詰めろ! 言うことを聞かない奴は全員撃つぞ!」


 強盗の一人が天井に向かって射撃する。弾丸が弾ける音を聞いた人質はみな静まる。それも束の間、銀行員たちは急いで銀行にある金をバッグに詰め始めた。

 室内は冷たい緊張感が漂う。銀行員は無心で金を詰めて、強盗は彼らに銃口を向けて見守る。客はその光景をただ見ていることしか出来なかった。


「おい、そこの強盗ども! これ以上ワルいことをするな!!」


 突然、子供の大声が響いた。その場の誰もが声が聞こえた方へ振り向く。

 視線の先には、十歳にも満たない少年がいた。勇ましく立ち上がったのはいいが、足は小刻みに震えて頼りなさげな様子だった。


「止めなさい! そんなことを言ったら危険だわ!」


 少年の母親が必死に制止するのを振り切って、少年は人質の中をかき分けて進む。


「お前かぁ? 俺たちに逆らおうとしてる奴は」


 強盗の一人が少年の元に歩み寄ってくる。少年は涙目で男を睨みつける。


「お前らみたいな小悪党なんて、どのみちすぐに刑務所行きになるさ! 無駄なことは諦めてさっさと自首しろ!」


「ハッ。お前みたいなガキに偉そうなことを言われる筋合いはねぇんだよ。これ以上逆らおうというんだったら……」


 強盗は手に持った銃を少年に向ける。セーフティを外し、ゆっくりと引き金に人差し指を添える。これで少年を撃つ準備は整った。


「じゃあな、クソガキ。精々あの世で後悔するこったな」


 男は人差し指に力を込める。あと少しで引き金が引かれる。そして──────


「待たせたな。私が来たからにはもう安心していいぞ諸君!」


 強盗の後ろに屈強な男が立っていた。


「なっ……! 誰だお前!」


 強盗は振り向きざまに男を撃とうとする。しかし、男はそれを上回る速さで強盗の腹を殴った。男の手から銃が落下する。


「ジャスティスだ! ヒーローのジャスティスが来てくれたんだ!」


 少年は目を輝かせて、目の前の男、スーパーヒーローのジャスティスを見つめる。ジャスティスは少年に優しく微笑む。


「ああ、私がジャスティスだ。到着が遅れてしまって申し訳ない。愛用の自転車が天に召されてしまったためにダッシュでここまで来たのさ」


 ジャスティスの登場により、人質たちは一様に安堵する。

 ジャスティスの後ろでは、残りの強盗がみな床に伏していた。到着したと同時に三人を倒していたのだ。


 ヒーローが強盗を倒して人質を救出した。これで事件は解決した、かに見えた。




「クソッ。ここで終わってたまるかよ……!」


 それは、少年に銃を向けた強盗のか細い声だった。


「俺たちには、腹を空かせて待っている孤児院の皆がいるんだ。俺たちがいなきゃ、アイツらは今以上に貧しい思いをしてしまう。だから、俺たちには金が必要──────」


 強盗の声はそこで途絶えた。ジャスティスが強盗の銃で撃ったからだ。

 強盗の体には三発分の風穴が開いていた。周りには赤い液体がダラダラと流れ出ている。


 その場の誰もが息を呑んだ。ジャスティスは既に息絶えた強盗に語りかける。


「たとえお前たちにやむを得ない事情があったとしても、犯罪が犯罪であることに変わりはない。どう足掻いてもお前たちは裁かれる運命だったのだ。───正義は必ず勝つのさ」


 銃口から漏れる硝煙が、悲しげに宙を漂っていた。

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