フラグメント3

 誰からも許されなくていいです。だけど、そんな僕をどうか許してください。


 のらりくらりと感情の読めない顔を公衆の面前に晒し、今日も害虫は孤独の道へと歩き出す。


 キモいウザい意味わかんない見ててイライラする消えてほしい何でまだいんの死んでほしい。

 周囲を取り巻く人間が口々にそう罵っているような気がして、ひどい頭痛に苛まれる。


「所詮、君のしていることは自慰行為と同じなんですよ。自分が納得出来ればそれで良い。自分が快感を覚えればそれで良い。その程度の動機を抱き続けていたら、いつまで経っても三流の凡人のままでしょうね」

 他人から他人へと送られたその言葉が、何故か自分へ向けられた物のように感じた。






 それを見て、私は絶句した。

 確か私は一品で満腹になるような料理を頼んだはずだ。想像していたのは、とにかく量が多いものか、カロリーが滅茶苦茶高いものだ。ちょうどガッツリとした料理が食べたい気分だった。

 それが、蓋を開けてみればどうだ。目の前に置かれたのはどちらでもなく、大盛り程度の丼だった。ただの丼であれば私も言葉を失うほど驚きはしなかっただろう。中身がとにかくヤバかった。

 まず、中央を彩るのはマグロの赤身。解凍されたばかりなのか、表面に水気を帯びている。その周りにはトマトサラダが散りばめられ、餃子が円を描くように乗せられている。その上からかけられているソースは、おそらくお好み焼きで使われる濃厚なタイプだ。さらに料理人曰く、レモン汁を加えるのが美味しい食べ方だそうだ。


「こちらは、冷凍マグロ丼餃子乗せトマトサラダ和えお好み焼き風味レモンがけでございます」


 料理を舐めてんのかお前。こんなの冒涜以外の何物でもないじゃん!






 自らの悪性を認めろ。たとえそれが悪意であっても殺意であっても。

 拒み嫌うのではなく受け入れ戒めろ。然るべき困難、逆境が立ちはだかった時の原動力とするために。

 人間は愚かな生き物だ。それでいて、儚く美しい生き物だ。だから、この世界は面白いのである。






 成長出来ないことに安心しているだけ。停滞していることに満足しているだけ。

 変化を望んでいるのは口先だけの言葉なんだ、と遅れ馳せながら気づいた。






「ハーレムは駄目? 複数人愛するのは不誠実? ふざけるな! 愛にそんなくだらないルールは必要ないんだよ! そもそも、魅力的な異性が何人もいる中でたった一人を選べという残酷な選択を男に迫ることの方がおかしい!!」


 こんな奴が私の幼馴染だと思うと、頭が痛くて仕方がない。でも、確固として変えられない現実は私の眼前にありありと突きつけられている。






とある日常


 今日も目覚めた。窓から見える景色は晴れ模様だ。今日は平日なので学校へ行く支度をしなくてはならない。

 制服に着替え、鞄に荷物を詰め込む。普段通りの作業なので、自然と機械的な動作になる。

 準備を終えて一階のリビングへ。ドアを開けると何やら香ばしい匂いが嗅覚を刺激した。


「おはよう。朝ご飯できたから、早く食べなさい」


 キッチンの方から母の声が聞こえた。「あ~い」と気怠げに返事をし、鞄をソファーの上に置く。それから、顔を洗いに洗面所へ向かう。


 鏡に映るのはいつもの見慣れた自分の顔。起きたばかりだというのに既に疲れたような表情を見せられ、ハァと溜息をつく。


 食事を手早く済ませ、今日の天気予報は晴れだということに安堵し、そそくさと家を出る。外に出た僕に見せつけるかのように、燦々と日光が地上に注がれていた。



 青空の下、通学路を歩くこと二十分と少々。記憶通りの場所で、今日も校舎は何食わぬ顔で鎮座していた。その校門付近で、登校する生徒を出迎えるゴリラを見つける。


「は~い、おはよ~。おはよ~……おい、そこのお前。第二ボタンはちゃんと閉めろ~」


 隆々とした筋肉が僕たち生徒を威圧してくる。その圧迫感に狼狽えつつも「おはようございます」と簡素な挨拶を述べ、自分のクラスへと足を運ぶ。

 二階へ上がって向かうのはニ-三の教室。ドアを開けると、そこはもう野生動物の溜まり場だった。


「ねぇ、昨日のアレ見た? 芸人が運動会してるやつ「見た見た~。アイツまた子供に引きずられてたよね「昨日の『ニャンニャンアイドル メグミちゃん』は神回だったな「確かに全話を通して一、二を争う胸熱展開だった「マジだりぃ。寝不足だから一時間目は寝とくわぁ「アホか。一時間目は斉藤の数学だから、寝てたら即当てられんぞ「…………「今日の宿題ってなんかあったっけ?「確か三時間目の英語で問題解いてこいって言われてたよ」


 猿、カマキリ、インコ、狼、蟻……といった有象無象がペチャクチャペチャクチャと騒いでいる。

 その群れの中を横切って、自分の席へ。


「よぉ、裕太。今日も辛気くせぇ顔してんなぁ」


 と。席に着いた途端、チワワが歩み寄って来た。人懐っこい笑顔を浮かべるそれは、友人の拓巳だった。


「これが普通なんだから仕方が無いだろ。ていうか、何十回言わせたら気が済むんだお前は」


「いやぁ、俺が言うたんびに裕太が同じ返しをしてくれるから楽しくて楽しくて。飽きるまでやり続けるからな」


 拓巳のこういうヘンテコな感性は、他の奴らとは違って好感が持てる。

 「はい、ソウデスカ」と受け流しつつ、一時間目の用意を始めることにした。



「えぇ~。それでは、ホームルームを、終わりたいと思います~。気をつけて帰ってください~」


 パグがホームルームの終了を知らせると、それに合わせてクラス全員がそそくさと帰り支度を始めた。

 放課後は特にやることも無いので、さっさと帰るに越したことは無い。

 学校を出て、帰路を辿る。その途中で、とても愛らしいシャム猫を見かけた。話しかける勇気は出ず、ただ遠巻きから眺めることしか出来なかった。

 さらりとした毛並みに肉感ある脚が、まず目につく。そして、彼女の透き通るほど綺麗な瞳が僕の心を激しく揺さぶる。

 彼女は友達と一緒に歩いている。どうやら帰る方向は同じらしい。いつもと同じ帰り道なのに、彼女を意識するあまりに緊張してしまう。回り道をして帰ろうかと思ったが、それはかえって不自然な気がした。仕方が無いので大人しくその道を歩き続ける。

 やがて、彼女は角を曲がった。僕はこのまま真っ直ぐ進むつもりだったので、安堵と少々の不足感を抱き、嘆息する。

 トボトボと歩き、気づけば家の前に到着していた。車が停まっているので、父も帰ってきたのだろう。珍しい。


「おかえり。今日は早かったのね」


 玄関に入ると、ペンギンが出迎えてくれた。いつ見ても背筋が綺麗に伸びている。


「うん、特に予定も無かったし。そういや、父さんも早いんだね」


「今日は半日で帰れたらしいの。夕飯はいつもより早めに作るから、先にお風呂に入って来なさい」


「ハイハーイ」


 風呂に入る準備をするために、部屋に向かうことにする。だが、それより先にリビングのドアを開ける。


「ただいま」


「……あぁ。帰ってきたか」


 中では、ハシビロコウが椅子に踏ん反り返るようにして座っていた。気難しそうな顔で新聞紙を読んでいる。

 それを確認した後、さっさと二階へ上がっていく。



 三人揃って夕飯を食べている。特に話す話題も無いので、付けっ放しのテレビに目を向ける。ちょうど鳩とラクダが国政に関して議論を交わしているところだった。そのやりとりがあまりに滑稽だったので、僕はこんな大人にならないように気をつけなければ、と密かに思う。

 夕飯を食べた後は食器を洗い場に置き、片付けを母に任せる。父は最近買い換えたスマートフォンを操作している。僕は自室へ向かう。

 特にやり甲斐の無い宿題を済ませ、本を読む。それには、死にたいという感情を持ちつつも死ぬ勇気が出ず、何気無い日常をただ過ごしていく男の内面が書かれていた。僕はその男に好感を持った。

 眠気が舞い降りてきたので、読みかけの本に栞を挟んで閉じる。

 明日も学校へ行かないといけない。でも、今日と同じような日常であれば何も文句は言うまい。

 そんなことを祈りつつ、僕は眠りにつくことにした。

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