フラグメント7

 それは運命の出会いだった。一目見て直感した。このニューロンが迷走するかのような刺激は、恋なのだと。彼女を見つめる彼は密かにじょなめいていた。






film


 五つ目の映画の上映が終わった。観客は私だけだった。貸切のような状態で観る映画は、なんだかワクワクする気分だ。もう少し観ていたかったが、これで終わりなのだと直感的に思った。名残惜しいが、終わりを受け入れる他ないだろう。

 それにしても、映画を五本続けて観ていたにしては時間の経過がとても早かった。楽しい時間というのは、得てしてそう感じるものなのかもしれない。

 やがて映写機は投影を止め、スクリーンから光が消失した。その後、タイミングを見計らったかのように劇場の扉が開かれる。それが退場の合図だった。

 席を立ち、扉に向かって歩いていく。外界から白い光が入り込む。その眩しさに目を閉じたくなるが構わず前に進む。一歩、また一歩。カウントダウンのように数えながら進んでいく。

 そして、私は光に覆われていく中、劇場を後にした。







 現実の私は既に死んでいた。飛び降り自殺だった。よくあの高さから飛べたな、と自分のことながら感心してしまう。

 一度死んでしまえばこの世には未練など無い。さっさと成仏して、あの世へと逝きたいものだ。

 あの世は楽しいものなのだろうか。仏教で語られているように、天国と地獄が存在するのだろうか。やはり逝くなら天国が良いが、自殺した私ではおそらく地獄逝きだろう。それでも、この退屈極まりない世の中に比べればマシだと思う。

 今一度、目の前の光景に目を遣る。最期に、私という肉塊を記念に見納めておこうと思ったからだ。血の海に横たわる私の顔はあらゆるしがらみから解放されたように安らかであった。






漂流島


 島が流されて、はや三年。男は漂流島での生活に慣れていた。島の地理はほぼ完全に把握しているし、海ごとに採れる魚の種類も暗記している。住処にしても、洞窟を改造して快適に暮らせる場所を作った。男は、もはや漂流島のエキスパートであった。

 今日は絶好の晴れ模様だ。加えて海は穏やかで、波が静かな音を奏でている。

 これだけの晴天だ。果たして今日は何をしようか、と男は考える。


「そうだ、今日は別荘作りの続きでもしようかな」


 昨日は別荘の骨組みが完成間近までできたところだった。雨が降らないうちに、できることは早く済ませたほうがいいだろう。

 男は軽く伸びをする。それから、島の南方で建設中の別荘へと向かった。






「ハッ。こんな紙切れ一枚でアタシから逃れようだなんて、不可能なんだよ」

ビリビリに破かれた紙片が、雪のように舞い散った。やはり駄目なのか。どう足掻いても、この女の呪縛から逃れることができないことを悟った。

「アンタは一生、アタシの奴隷いぬとして生きるのさ」






恐怖は己の中から生まれる


 静寂と暗黒が私を覆い尽くし、恐怖がますます増大していく。私はいつになったら日の下に出られるのだろうか。手足は震えて、ロクに動かない。歩かなければ出口へ辿り着けないことは重々分かっているはずなのに、無意識の中で進むことを拒んでしまう。

 そして、それ以上に孤独であることが耐えられない事実だった。


「何でこんな所に来ちゃったんだろう……。アイツ、絶対に許さないんだからぁ」




 現在、私こと小嶋優子こじまゆうこはとある遊園地のお化け屋敷にて迷子になっていた。






「どうだい、気分は?」

「Un,zenzenheikidayo.」

「そうか、良かった……。もし、また具合が悪くなったら我慢せずに言ってくれよ。パートナーなんだからさ」

「arigatou……」

斜陽差し込む部屋の中。俺は幸せを噛み締めていた。






贈り物はプライスレス


「フンフッフーン、フンフッフーン、フンフンフンフフーン……お、そろそろ次の目的地だな」


 日付が変わり、十二月二五日となった夜空の中を駆けていくモノがいた。浮かぶソリに大きな白布の袋を乗せ、茶色い生き物に引かせながら進んでいる。真っ赤な衣装を身に纏った彼の名は────


「サンタクロースさん。次の家はアル○ックに入っているようで、中に入るのはなかなか難しそうですよ」


 角を頭に付けた茶色い生き物が赤い彼、サンタクロースに話しかける。


「そうなのか。そっかぁ。日本の家は煙突が無いから窓かドアからしか侵入……もとい配達できねぇんだけどなぁ。これじゃあ子供達にプレゼントを届けることができないし、困ったな~。あぁ、困った困った……」


 サンタクロースは呟く。思案顔のまま、赤鼻のトナカイ(?)にソリを引かれて行く。そうして、目的の家を発見する。どうしたものか、とサンタクロースは思いつつ──────



「メリィィィクリスマァァァァァァァァス!!!!!」


 盛大に窓が割れる音とともに、けたたましい叫び声が民家へ突入した。サンタクロースは二階の窓を蹴破ったのだ。

 部屋で寝ていた者は轟音を耳にして、跳ね上がるように目覚めた。


「な、なんなの……って、キャアアアア!!」


 思春期の女子の悲鳴が響いた。赤い暴君を見る彼女の顔は、未知の衝撃で恐怖の色に染まっている。

 堂々と不法侵入を果たしたサンタクロースは、迷惑そうに耳を塞いでいる。


「あぁ? 俺は見ての通りサンタクロースだよ。髭はねぇけど、それは俺が若手だからだ。現実と理想は大抵違ったものだということを肝に銘じとけよ」


「し、信じられるか! アンタのどの辺がサンタクロースだっていうのよ! その赤い服を除けばサンタの要素はまるっきり皆無じゃない!」


 女の子の非難に、サンタクロースはため息をつく。


「あのなぁ。お前が信じようが何しようが、俺がサンタであることに変わりはないんだよ。たとえ窓をカチ割って来たとしても、俺はサンタだから仕方がないのさ」


「横暴すぎるわ! やってることが強盗と大差ないでしょうが!」


 なおも苦情が止まない女の子。と、そこで風の通る窓からトナカイが入ってくる。


「だから強行突破は駄目だって言ったじゃないですか。通報されても文句言えませんよ」


「ギャアアアアアアアアアアア!!!!」


 サンタクロースを見た時よりも大きな悲鳴が轟いた。トナカイを見た女の子の顔は、恐怖を通り越して絶望にも似た色に塗りつぶされた。


「何!? なんなの、この茶色い全身タイツのムキムキマッチョ野郎は!! 不気味すぎるでしょうが!!」


「こいつか? こいつは見たまんまのトナカイだ。俺の仕事の相棒なんだ。良い奴だから、あんまり悪く言わないでくれよ」


「どこがトナカイなのよ! どこからどう見ても人間じゃない! 人間がトナカイのコスプレをしてるだけでしょ! ジムで鍛え上げたような隆々とした筋肉がタイツを破りそうなんだけど!」


「そこに目をつけるとは、なかなか鋭い観察眼じゃないか……」


 サンタがトナカイと称する男は、後頭部に手をやり、頬を赤く染める。


「気持ち悪いから照れないで!」

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