ショートショート5 これは小さな小さな心のお話

 ハァ……。今日も憂鬱な日がやってきた。なんだか最近、ずっとため息ばかりついてる気がする。それもこれも、このワタシをこき使う部員・・たちのせいだ。

 ワタシが置かれているこの部屋は、文芸部の部室なのだ。なんでも、小説などの文学的作品を作ることを主として活動している部活らしい。そんな彼らは、部誌を作るために大量の紙に印刷をするのだ。プリンタであるワタシに大量のコピー用紙を咥えさせ、黒字で染められた原稿を吐き出させる。

 しょせん、ワタシは機械でしかない。人間さまの言うことは絶対なのだから、黙って従うしかない。

 けど、ワタシだって主張したいことは正々堂々と主張する時もある。


『少しは休ませてよ!』


 そうして印刷中にも関わらず、作業をフリーズさせることだって一度や二度ではない。ワタシのプチストライキを見て、部員らはウンザリした顔でワタシを見る。いや、睨みつける者もいた。だからどうした、と言わんばかりに無視してやるのが、ワタシからのささやかな愉しみになりつつあった。

 それでもストレスは完全には晴らすことはできなかった。いくらストレスを発散させたところで、完全には無くならない。徐々にワタシの心を蝕んでいく。ふとした拍子に、紙を吐き出すことを忘れてしまうことも起き始めた。インクのキレも悪くなった気もする。

 去年の今頃はお店で文芸部に買われて、みんなの期待を一身に背負って働いていた。それが今となっては、倦怠期を迎えた夫婦のように、毎日くたびれた生活を送るようになっていた。心が弾むような出来事は、金輪際訪れないのではないか。そんな不安に駆られるばかりだった。


 を意識するようになったのはその頃からだった。


 彼は去年からこの文芸部で活動していた。彼の原稿を出してあげたことも度々あった。

 また、彼は自己主張の弱い人だった。部員らで雑談をしている時でも、聞いてばかりで自分から話そうとはしていなかった。笑う時は笑うのだけど、本心から楽しんでいるのかどうか分かりかねる表情だ。

 自分の本音を言わないままでいいの? そんな風に思ってしまう。ワタシなんて、嫌だと思ったらすぐに行動に移しちゃう。周りからどう言われようとワタシの知ったこっちゃない。それが彼にはできないのだろうか。まぁ、プリンタのワタシにしてあげられることなんて印刷ぐらいだけど。彼には自分でなんとか頑張ってもらうしかない。頑張れっ。


 新しい学年に上がって、彼は編集長という役職に就いたようだ。この編集長というのがワタシにとって最大の敵なのだ。部誌を出すたびにワタシはこき使われる。特に春頃だと何百枚もの原稿を刷らされている。慈悲なんてどこにも見当たらない。

 これからは彼がワタシをこき使うのかぁ。本当にできるのかな?

 その心配は見事に的中した。初めて行う作業の多さにテンパっていた。一つのことを終えると、また次の作業が始まる。一つずつ順序立てて取り組めばいいのに、一度に複数の仕事を抱え込んでしまって頭がいっぱいになる。

 あぁ、彼は不器用な人間なんだな。人と話すことが上手くできない。仕事も単純なものはできても、複雑になると途端にこなせなくなる。

 そうだと分かると、より心配になってしまう。自分のことで手一杯な彼が、この先部活の運営なんてまともにできるのだろうか。上回生からミスを指摘されて顔を強張らせる姿が、なんだか不憫に思えて仕方がない。


 それでも仕事はなんとか終えられたようだ。印刷中、何度タンマをかけたことか。なかなか紙を出さないワタシを見て、彼が若干ソワソワしていたのが印象深かった。ともあれ、全ての原稿を刷り終えて、一冊の本にまとめた。飾りっ気のない表紙だけど、達成感は十分にあったのだろう。彼は積み重ねられた冊子を見てホッと息を吐いていた。

 お疲れさま。言葉で伝えることはできないけど、そう思わずにはいられなかった。

 部員みんなで製本作業の終わりを喜んでいる中、彼は静かにワタシの元へ寄ってきた。何かやり残した作業でもあったのかな?

 すると彼はワタシの体に手をやり、


「お疲れさまです」


 と小さく呟いた。それから何事もなかったかのように、みんなのところへ戻っていった。


 …………べ、別に。アナタに労われたって、全然嬉しくないんだからっ。


 でも、まぁ、ありがとう。一応。


 きっと君の頑張りは、いつか必ず報われるよ。このワタシが見守っててあげる。


 いつも静かに、でも懸命に働く彼。これからどう成長していくのか、少し楽しみになってきた。

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