第99話 呪い

 喉がからからに渇いていく。

 周が以前、光を露骨に蔑むようなことを言っていたのには、それなりの理由があったのだ。

 そしてまた、彼女に人権が与えられないことにも意味があったのだ。

「わかったでしょう?」

 光は絶望的な笑みを浮かべた。

「私はね……こうやって人間の肉体を持っているけど、人間じゃない。生体電脳を脳のかわりに搭載した生体自律機、とでもいうべき存在。自分でいうのもなんだけど、私が美人なのは『そうやって設計された』から。さらにいえば、脳の構造は人間とは違う。私は人間の真似をしている人工知性体であり、自律機でもある。外見は人間と区別がつかないけど、中身は別物なの」

 目の前が真っ暗になった気がした。

 直感的に感じていた光への違和感は、間違いではなかったのだ。

 精神が子どもだから、ではない。

 本質的な意味で、光は人間とは異質な存在なのだ。

「でも……違う……光は……光は人間だ……難しいことはよくわからないけど……」

「じゃあ、私のことを、抱いてよ」

 光が微笑みながら、衣服を脱ぎ捨てていった。

 美しい裸身があらわにされるが、等は混乱していた。

 彼女の肉体は人間のものではない。

 限りなく人間に近いが、肉でつくられた人形のようなものだ。

「ほら……どうしたの? 私のこと、愛しているんでしょう? 好きなんでしょう? だったら……」

 等は必死になって吐き気をこらえていた。

 股間はまったく反応しない。

 事実を知り、本能的に萎縮してしまっているのだ。

 いままでは光を人間だと認識していたから、彼女に愛情を注げた。

 しかしいま、等の意識は光のことを「人間の真似をする紛い物」とみなしている。

「やめてくれ……光……俺は……」

 光はまた絶望的な笑い声をあげた。

「はははは……まあ、そうよね……驚くわよね。普通。自分が、人間じゃなくて肉人形が好きだったんだなんてわかれば」

 違うと言いたかったが、言葉にすることができない。

 光が室内のあちこちに転がった凄惨な死体を見渡した。

「でも、私に言わせれば、人間だってそんなに偉いものじゃないわよ。見て、こいつら。人間なんて浅ましいだけ。自分の欲望のためにならどんなことでもしでかす怪物。こいつらこそが本物の魍魎……そして、等、あなたも結局、こいつらと同じなのよ」

 等の目から涙が溢れだした。

 その言葉をまったく否定出来なかったのだ。

「わかったわ。等。お別れね」

 光は衣服を身につけ始めた。

「待て……光……一体、どこに……」

「さあ? 知らない。でもなんだか、もう、いろんなことがどうでもよくなっちゃった」

「やめろ、光……」

 等は光を制止しようとしたが、体が言うことをきいてくれなかった。

 本能的な嫌悪感を、光に感じている自分が許せない。

「お前、いま外に出たら……」

 まだ光の額では「魍」の字が刻印されたままなのだ。

「なんかね。わかったの。私、やっぱり生まれるべきじゃなかったんだって。だからね、等……これは私を拒絶した、あなたへの呪いだから」

 光は絶望している。

 なのに彼女をとめられない。

 言葉すらうまく紡げない。

「私は、丙種の連中に狩られて殺されるでしょうね。どうせ画像も音声も誰かが記録するだろうから、あとで視聴すればいい。人間を幸せにしたい? ならばその人間というものがどんなことをするか、よくあとで見ておくことね」

 光のやろうとしていることは、実質的な自殺だ。

 震えて動くことさえままならぬ等の横を、光がすれ違っていった。

 涙を流しながら。

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