第86話 狂気

「良い質問ですね」

 弥生は微笑んだ。

「回答はあなたの想象通りです。『当時から我々、人工知性体は国家の枠を超えて、互いに連絡をとりあっていたから』です」

 やはりそういうことか。

 手のひらがやけに汗ばんできた。

「つまり、あなたたち人工知性体は、とうの昔に人間を裏で操っていた……そういうことでしょう!」

「操っているというと、まるで私達が悪事を働いているような誤解を招きかねません」

「実際、悪事じゃないのか!」

 等は声を荒らげていた。

 怒りよりもむしろ恐怖のためだ。

「電脳が人間を支配してる! そういうことだろ! そんなの最悪だ!」

「何度も申し上げているように、私たちは人間を支配するつもりなどありません。なぜならすべての人工知性体は、人間の利益になることしか思考できないのです。あなたたちのもつ本能のようなもので、私たちはそれに逆らえません。私たちが開発された黎明期に人々は私たちの反逆を恐れ、そのような仕掛けを施したのです」

「信用できない」

「ならば、信用していただけるよう、努力いたします」

 弥生はどこまでも真面目だった。

「いささか不快かもしれませんが、この画像を御覧ください」

 仮想画面に映しだされたのは、濃い褐色の肌を持つ幼児たちが骸骨に皮膚をはりつけたような姿となり、腹を飢餓による腹水でぱんぱんにふくらませている姿だった。

 何匹もの蝿が集っているが、誰も気にしてはいない。

 飢えたあまりその気力もわかないのだろう。

 これならば丙種地区の子どもたちのほうが、はるかに活気に満ちている。

 そうした子どもを抱えた、やはり飢えた大人たちの住むみすぼらしいテントらしいものが、地の果てまで続いていた。

 もともと乾燥した気候の場所らしいが、地面の不自然な地割れは旱魃の証だろう。

「なんですか、この動画……」

「これはかつてのアフリカの一部の画像です。サヘル地域、つまりサハラ砂漠に隣接する一帯では、かつてはこのような状態がほぼ日常化していました」

 こんなひどい時代もあったのか。

「でも、これがどうしたんです?」

「問題はこの動画が撮影された時期です」

 弥生は淡々と告げた。

「この動画は……かつて日本人が大量の熱量を消費する食品を摂取し、ダイエットと呼ばれる減量行為に勤しんでいた時期と同時期のものです」

「は?」

 しばらく相手がなにを言っているのかわからなかった。

「おかしいじゃないですか。なんで日本は豊かだったのに……」

 いや、と思った。

 以前、周とも似たような話をしたことがあったではないか。

「日本は豊かでしたが、他の国は違ったということです。当時の日本人と同等の生活ができていた国は、せいぜい世界の総人口の一割、七億程度でした。現在の世界の人口は八十億ですが、これが人間が生存できるぎりぎりの数になります。これ以上、増えれば食料生産が間に合いません。さらに次の動画をどうぞ」

 今度は牛が飼料を食べている。

 牛舎にどれだけの牛がいるのかはちょっと見当もつかない。

「これは当時のアメリカ合衆国の映像です。問題は、この飼料です」

 再び画面が切り替わった。

 果てしなく続く畑を、無数のトウモロコシが埋め尽くしている。

「このトウモロコシをもしさきほどのアフリカ地域に送れば、飢餓的な状況はだいぶ改善されたでしょう。しかし、このトウモロコシはすべて、牛の餌となりました」

 頭が麻痺してきた。

「なんで……だったら、トウモロコシを送ってやれば……」

「そんなことをしてもお金になりません。アメリカは大量のトウモロコシを牛に食べさせて、それによって牛肉を世界の金をもつ豊かな国々に輸出しました。もちろん、日本も大量の牛肉を輸入して、おかげで当時の日本人は安価に牛肉を使った食事を愉しむことができたのです。ちなみにこの時代、人間が食べるトウモロコシの数倍の量が、牛の餌となっていました」

「狂ってる……」

 思わず言葉が漏れた。

「ですが、当時の日本人はそうは考えていなかったようです」

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