第64話 食料調達

 年齢は三十歳はたぶん超えているだろうが、比較的、肉づきは良い。

 顔立ちもなかなかに整っている。

 肉感的な美女、といっても間違いではないだろう。

 わりと上品そうな顔だった。

 乙種というよりは、甲種にいそうな雰囲気がある。

「あ……あ……」

 女性はぱくぱくと口を開けていた。

 驚きのあまり、声も出せないらしい。

 だが、それも無理からぬことである。

 魍魎はやはり、一般の人々にとっては恐怖の対象なのだ。

 その魍魎が自分の家の台所に三人もいるなど、信じられない悪夢だろう。

「おっと……声、あげるんじゃないぞ」

 包丁を構えた葦原に、女性は不自然な動きで首を上下させた。

「あの……こ、殺さないで……」

 切れ切れの小さな声を、絞りだすようにして出す。

「わかったよ。だが、こっちにくるんだ。小僧。霧香。あの女を引っ張ってこい」

「え……?」

「なに、そんな顔してるんだ。リーダーの言うことを聞け」

 自分が自分でなくなってしまったように、体が勝手に動いていた。

 女性のもとに向かい、口を手で塞ぐ。

 相手の体の震えが直接、伝わってきた。

「大丈夫です。ただ、申し訳ないけど食料はもらっていきます。それが終わったら、解放しますので、絶対に抵抗しないで下さい。あの男は、凶暴ですから。いいですね」

 女性の耳元で囁いた。

 すでに彼女は、反抗する気力を失っているようだ。

 霧香は石のように固まってしまっている。

 そのため等が女性をひっぱるようにして歩かせたが、彼女は少し歩くとその場に転がるようにしてへたりこんでしまった。

 どうやら腰が抜けたらしい。

「ほほう……いろいろあるなあ。でも、さすがに肉とかはねえか。ちょっと期待したんだけどな」

 冷蔵庫のなかから、葦原は食材を取り出すと床にぶちまけた。

 袋詰にされたジャガイモ麺麭やオキアミ調味料のチューブが転がっている。

 珍しいところでは、みかんがあった。

「おっと……こりゃすげえ。みかんだぞ」

 等は唾を呑み込んだ。

 光の家では甘いものをいろいろと食べたが、みかんは初めてである。

「ほら、お前ら、いまのうちに喰っとけ。腹、減ってるだろ」

 まるで葦原の科白に呼応するように、等の腹が鳴った。

 食事を目の前にして、ようやく自分がかなりの空腹であることを意識した。

 緊張と混乱で、いままでそんなことにさえ気づかなかったのだ。

 もう、我慢できなかった。

 食欲は、人間にとってもっとも根源的な本能なのである。

 袋を破り、ジャガイモ麺麭を噛み砕いた。

 本来は電熱器で一度、温めたほうがおいしいのだが、いまはそんな余裕もない。

 ジャガイモ麺麭など食べ飽きたと思っていたのに、こんなに美味だとは思わなかった。

 オキアミ調味料をかけなくても、旨い。

 ジャガイモのほのかな甘味が舌の味蕾を発火させたかのようだ。

 憑かれたように、等はジャガイモ麺麭を貪り、ようやく人心地ついた。

 ふと気づくと、霧香もジャガイモ麺麭にかじりついている。

 彼女も相当に腹が減っていたようだ。

 一方、葦原は食事中も女性からは目を離していなかった。

 このあたりはさすがとしかいいようがない。

「さて……腹ごしらえしたら、次の仕事にとりかかるか」

「仕事?」

「ああ。その女の携帯電脳を使って、情報を調べるんだ。魍魎が放たれた場合、告知が出されることが多い」

「そうなんですか?」

 知らなかった。

「未成年は閲覧できないようになっているがな」

 そういえば初級学校にかよっていた頃、二度ほど魍魎が地区に出たことがある。

 あのときなぜか、両親とも情報を知っていて、絶対に外には出るなと言われたのだ。

 当時は不思議で仕方なかったが、いま考えれば大人だけが閲覧できる情報で魍魎が放たれたことを知ったのだろう。

「でも……なんで俺たち、未成年は魍魎の情報をあまり知らないんでしょうか」

「そりゃ、絶対人権委員会が、成人に未成年者に魍魎のよけいな情報を教えることを禁じているからだ。よけいなことを言えば『反人権的』ってことになる。言っていいのは、居住地区に魍魎が出現するときだけだ」

 なるほど、納得がいった。

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