第63話 リーダー
「わかりました。俺も、葦原さんと一緒に行動させて下さい」
「おう。頭は飾りじゃなかったみたいだな。で、お嬢ちゃん、あんたはどうする?」
「私は……」
霧香の顔には、葦原に対する嫌悪と恐怖がはっきりと浮かんでいた。
困ったように、こちらの顔を見ている。
「霧香さん……俺たちと一緒のほうがいい。さすがに女の子一人じゃ、まずすぎる」
もし霧香が一人で行動したら、悲惨な運命が待ち受けているのは明らかだ。
霧香はだいぶ悩んでいたようだが、やがて小声で言った。
「わ、私も、二人についていきます……」
「まあ、そのほうが無難だな。ただ、ここではっきりさせておく。リーダーは、俺だ」
「リーダー?」
霧香が不思議そうな顔をした。
彼女は削除された言葉をあまり知らないようだ。
「ああ、つまり、指導者、首領、まあ、そんな意味だ。くそ、C国人の奴らのおかげでこんな言葉まで説明しなきゃならないんだからな」
葦原のC国人への憎悪はまだ消えていないらしい。
むしろ、この状況では強まっていてもおかしくはなかった。
「リーダーの俺の言うことには服従する。それが条件だ」
「わかりました」
等はうなずいた。
「霧香さんも、おとなしく葦原さんに従うんだ。この人は、俺たちよりいろんなことを知っている」
「そうそう、年上は敬うもんだぜ」
実は年長者を過剰なまでに優遇するという文化はC国からのものなのだと光の家で調べたことがあるが、いまは余計な言葉を言うべきではないだろう。
「葦原さんは、リーダー。霧香さん、早く同意して」
「は、はい。わかりました」
内心、霧香は葦原を嫌っていることは誰の目にも明らかだ。
だがいまは贅沢を言っている状況ではないと、霧香も判断したらしい。
「いいことだ。等。霧香。お前らは俺の言うことにおとなしく従っていればそれでいいんだよ」
案外、葦原も単純な男だと等は思った。
適当におだてておいて、せいぜいうまく利用してやればいい。
そんなことを考えている自分も相当に下衆な人間だと自己嫌悪に陥っている暇はない。
文字通り、命がかかっているのだから。
「時間がない。じゃあ、いくぞ」
葦原は近くにある規格化住宅に近づいていった。
庭つきの、四角い無愛想な家屋である。
二階建てで敷地面積もそこそこあった。
この家には乙種でもある程度、裕福な家族が住んでいると、葦原は判断したのだろう。
勝手に庭に入り込むと、葦原が落ちていた石を拾った。
それを、乱暴に窓に叩きつける。
あっさりと硝子窓が砕けた。
派手な音が鳴ったが、大丈夫なのだろうか。
「あの……音、平気ですか?」
「まだ早朝だ。起きている奴は少ない」
妙に葦原は手馴れていた。
ひょっとすると、以前にも似たようなことを何度もやっているのかもしれない。
破れた窓のなかに手を入れ、鍵を開ける。
窓をスライドさせると、素早く葦原は家のなかに入った。
躊躇している時間はない。
等も家の中に侵入した。
霧香もあとに続く。
どうやら居間らしく、合成皮のソファが置かれていた。
壁には絵までかけられている。
「ついてるな。乙種でも一番、裕福な階層の家だぞ、ここ」
葦原の意見には同感だった。
昔の時代の記録動画や娯楽映像に出てくる居間に比べれば貧相だが、当時とは時代が違う。
現代日本でこれほどの居間を持つ乙種など、ごくわずかだろう。
居間の扉を開けると廊下に出た。
「部屋数も多いな。大当たりだよ。とりあえず、台所に行こう」
葦原の言葉におとなしく従った。
住民に危害をくわえずに食料だけでも確保できれば最高だ。
台所には、なんと包丁まであった。
いまの時代では、包丁のある乙種の家庭はかなり珍しい。
食材の種類が少ないため、ほとんど必要ないのである。
「俺たちはツイてるぞ。これで武器まで確保できたんだからな」
包丁を武器に使うという発想は、葦原がかつての繁栄していた日本を記憶しているから出てくるのだろう。
「さて、冷蔵庫にはなにが入っているか、実に愉しみだね」
舌なめずりをして葦原が冷蔵庫を開けようとしたその瞬間、かすかな音が台所の入り口から聞こえた気がした。
振り返ると、一人の女性が信じられないものを見る目でこちらを凝視していた。
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