第62話 選択

「そ、そんな反人権的な……」

 言ってから後悔した。

 もう人権も反人権的行為も、いまの自分たちには関係のない言葉なのだ。

「でも、逆にいえば、これチャンスでもあるんだぜ」

 心なしか、葦原の顔には狂気の片鱗がうかがえた。

「俺たちは魍魎だ。反人権的なことをやってもかまわないってわけだ。わかるか?」

「葦原さん……」

 やはりこの葦原という男は、おかしい。

「女に突っ込もうが、なにをしようが俺たちはやりたい放題だ。どうせ、俺たちは最後には殺されるんだからな。だったら、いまのうちに愉しむってのも、手ではある」

「冗談でしょう……」

 だが、葦原が冗談で言っているわけではないことは、浅ましい顔つきを見ていればすぐにわかる。

 霧香がおびえたように等の蔭に隠れた。

「おいおい、安心しろ。俺の好みからすりゃ、お前なんぞ小便臭い小娘だよ。くそっ、甲種地区にいけば肉づきのいい女、いそうだけどなあ。俺が若いころは、胸とケツのでかい女なんていくらだっていたのに。いまじゃみんなガリガリだからな」

 葦原が獰猛な笑みを浮かべた。

「どうする? とりあえず、小僧、お前も死ぬ前に愉しんでおけよ。もっともお前は、あの裏切り者と結構、よろしくやってたみたいだが」

 どうやら葦原には二人の関係は見ぬかれていたらしい。

「一人で行動するより、集団のほうが有利だぞ。それにお前ら、荒事には慣れてないだろ。あと人、食ったこともないな」

 背筋が凍る気がした。

「葦原さんは……」

「俺か? もちろんあるよ。ただ、女はべたべたしてまずい。食うなら男のほうがいい。こちとら、何度も修羅場はくぐってきている。あの美味さをお前たちも味わえよ」

 無理だ。

 本能的な嫌悪感に吐き気がした。

 とはいえ、胃液くらいしかいま吐き出すものはないだろうが。

 魍魎は、人喰いの怪物と言われている。

 それは決して誇張などではないのかもしれない。

 人々から逃げまわり、飢えに苦しんだ者が人肉を食う存在にまで堕ちる可能性はある。

 だが、自分はそこまでの怪物にはなりたくない。

「人を食べるなんて……」

「けっ、小僧、お前もいつまで綺麗事、ぬかしていられるかな」

 葦原が嗤った。

「これから俺たちは逃げまわることになるだろう。その前に、たっぷりカロリーとっておかないと、空腹で動けなくなるぞ。まあ、人を食うのがいやなら、それはそれでいい。でも、とにかく食料だけは喰っとけ」

「でも、どこで……」

「お前、頭は飾りか?」

 あきれたように葦原が言った。

「道端に食い物、転がってるわけねえだろ」

 葦原があたりを見渡した。

 どうやら住宅に侵入し、そこで食料を調達するつもりのようだ。

「悪いことは言わねえ。俺についてきたほうが得だ。俺はもっとひどい状況も知っている。ま、いやなら無理とはいわねえがな」

 しばし等は考え込んだ。

 葦原は幾度も危険な状況を乗り越えてきたらしい。

 ならば確かに、彼は頼りになりそうだ。

 問題は葦原はどんな反人権的行為でも、平気で行うということだ。

 しかしこの非常時には綺麗事を言っていられないのも事実だ。

 あまりにひどいことをしようとしたら、なんとか説得すればいい。

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