第48話 霧香との対話

 薄暗いが蒸し暑い。

 いつもの光の部屋へと向かうと、そこに座っていた霧香が怯えた様子でこちらを見た。

 露骨に恐怖がその顔には浮かんでいる。

 顔は蒼白になっていた。

「そんなに怖がらなくていいよ」

 力ない声で等は言った。

「霧香さんに危害を加えるつもりはないし、その必要もない」

「は、はい……」

 だが霧香は怯えていた。

 こちらの反応のほうがむしろ普通なのだ。

 人殺しや解体に慣れた葦原や光のほうが、異常なのである。

「でも……なんで、こんなことに……」

 隠す必要もないので、率直に事情を説明した途端、霧香が驚いたように言った。

「それじゃあの人……平さんの、お友達……なんですよね?」

「まあ、そうだね。いや、そうだった、というべきか」

 白い骨だけになったあれが金井だという実感は正直にいうと薄いのだが。

「酷い……」

「ああ、わかってるよ。俺は酷いこと……」

「違います」

 霧香が鋭い声をあげた。

「私が言いたいのは、葦原さんと……神城さんのことです。友達を殺させるなんて……」

「ケジメ、だってさ」

「なんですかそれ」

 眼鏡の奥で、霧香の瞳に強い力が宿っているのを感じた。

 怒っている。

 そして悲しんでいる。

「いくらなんでも反人権的すぎる……それに残酷です」

「わかってるよ。でも、霧香さんが怒ることでもないだろう」

「怒りますし、可哀想です。等さんも、金井って人も……」

 それだ、と思った。

 その言葉を、たぶん自分は欲していたのだ。

 理屈では葦原や光の言うこともわかるが、せめて光にはもう少しやさしい言葉をかけてほしかった。

 甘えだとはわかっているが、人とはそれほど強いものではない。

「やっぱり、俺……弱いな」

「そんなことないです」

 霧香が言った。

「やっていることは断じて、褒められたことではありません。それは確かです。でも、うまくいえないけど、平さんは強い人です。それでも、いまの絶対人権委員会は間違っていると思っているから、できたことです。違いますか?」

「そんなんじゃないよ」

 本音が漏れた。

「ただ、怖かったんだ。もし絶対人権委員会にばれたら破滅だ。そう思って……あんなことを……」

「でも、それが普通じゃないですか」

 ふと霧香が弱々しい声を漏らした。

「私もよく、仲間に言われます。あなたには覚悟が足りない。正しい人権のためには仕方のないことだ。頭のなかではわかってるんです。いまのこの国は、大亜細亜人権連邦はどう考えても人権という崇高な思想を汚しているろくでもないところだって。だからいまの体制を変えないといけない。そのためには、ある程度、反人権な行動もやむをえない。けど、私は弱いから、怖気づいてしまう」

 それは弱さなのだろうか。

 いろいろなことがわからなくなってきた。

「考えてみれば、平さんとこうして話すのって初めてですね」

 その通りだ。

 いつもは光や葦原がいた。

 話題も個人的なものではなく、絶対人権委員会とどうやって小説という武器で戦うかということに絞られていた。

「よかったらまた、今度、二人でこうやってお話したいですね。あ、でも、平さんは……光さん、いますから誤解されちゃうか。そっちにうとい私でも、二人が恋人だってことくらい、さすがにわかります」

 いままでならなんの疑問もなく、その言葉にうなずいていただろう。

 だが、いまはどうなのか、等じしんにもよくわからなくなっていた。

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