第47話 ずれ

「小僧、お前、小娘に感謝しとけよ」

 葦原が苦笑した。

「本当だったら、あれ、全部、人の手でやらなきゃいけないんだからな。俺も昔、何度か死体処理はやったことはあるが、結構、大変なんだぜ。今回は自律機がやってくれたからいいようなものの、人間だと最初の解体だけで一苦労だ。ナタや鋸使っても、とにかく骨はなかなか切れないし、おまけに人間の体は脂だらけなんですぐに刃物が役に立たなくなる。返り血や肉片が飛び散ったり、とにかくとんでもなく苦労するんだ」

 やはり葦原は経験者らしいが、もう特に心を動かされたりはしなかった。

 作業を初めてから三十分もすると、肉はほとんど溶解して奇妙なほどに白い骨だけになっていた。

「綺麗なもんだ。これなら、解体する必要なかったかもな」

「そうでもないのよ。小さな部品にして溶解液をかけたほうが作業効率がいいの。溶解液の容量も少なくてすむし、短時間で……」

 技術的な点を淡々と説明する光の言葉を聞いているうちに、ぞくりとした。

 彼女は金井が死んだことに対してなにも感じていないのだろうか。

「光……金井だぞ。同級生の。あれ、金井なんだぞ」

「そうね」

 光がうなずいた。

「可哀想だけど、でもいまはただの骨。膠質と炭酸カルシウムの塊。タンパク質は高速分解酵素溶剤で溶かせるけど、骨はなかなか……」

「だから、そういうことを言っているんじゃないんだ」

 等は苛立った。

「ずっと同級生だったのに……」

「だから、可哀想って言ったでしょう」

 実感がこもっているとは思えなかった。

「それとも等、あなたは私が泣きわめいてなんてかわいそうな金井くん、とでも言えば満足するの?」

 突き放したように言い方に反発心を覚えた。

「誰もそんなことは言っていない。俺が言いたいのは……」

「感傷なんて、意味がない。それに私は、特に金井くんと親しかったわけじゃないから」

 なにかが違う。

 光は天才的な電脳狩人ではある。

 そのために遺伝子を調整され、「製造」されたのだ。

 ふと、思った。

 いままで自分はとんでもない勘違いをしていたのではないだろうか。

 ひょっとすると、光には相手を思いやったり、感情移入したりする要素が完全に欠落している、とまではいかないが、ひどく一般的な人間に比べて少ないのではないか。

 いや、そもそも果たして光は「人間なのだろうか」?

 電脳技術の習得に感情はさして重要なものだとは思えない。

 あるいは、遺伝子操作により意図的にそうしたものを「外されている」可能性すら存在するのだ。

 だとしたら、彼女は姿形こそ人間の少女ではあるが、本質的な中身は「電脳や自律機と変わらない」のかもしれない。

「どうしたの? そんな顔して」

 不思議そうな顔で光が尋ねてきた。

「そんなに私のこと、怖い?」

 光が笑った。

 ここは笑うところではないと思う。

 光は気まぐれで、少し精神的に不安定なところがあると思っていたが、それは誤解かもしれない。

 ひょっとしたら、光は「感情があるような演技をしているだけの自律機」ではないのか。

 普通の自律機は金属や強化合成樹脂でできているが、彼女の場合は生物と同じ有機物でつくられている。

 ただそれだけの話かもしれない。

 だからたまに、感情の動きが違和感を伴って感じられるとしたら。

 違う。

 光は絶対人権委員会に対して深い怒りや憎しみを抱いていた。

 自律機がそんな感情をもつはずがないのだ。

 特殊な生まれ方をして異常な環境で育ったとしても、光はやはり人間のはずだ。

「等。もういいわよ。辛かったかもしれないけど、これは必要なことだったの。私はこれから、葦原さんと骨の処分について話し合うから……」

「わかった」

 蹌踉とした足取りで等は家の中に戻った。

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