第43話 ケジメ
果たして自分は甘かったのだろうか。
残念ながら、答えはその通りだとしか言いようがなかった。
今にして思えば、いつも用心しているようでいながら、心のどこかで浮かれていたような気もする。
光という美しい少女とともに、悪逆非道な絶対人権委員会と戦う。
そんな自分に、気づかぬうちに酔ってはいなかっただろうか。
自らが書いている小説の主人公と己をどこかで重ねあわせていた。
しかし、現実はそんなに甘いものではない。
光の家をどこかで訪れるようになってから、かつてつくられた小説やマンガ、あるいは動画といったものに等は大きな影響を受けていた。
たいていの話では、主人公たちは巨大な敵を打ち倒して終わる。
あの「一九八四年」のような後味の悪い結末を迎えるもののほうが、むしろ少数派だったのだ。
しかし物語とは「現実では叶えられない夢や希望を描くもの」であることもまた、理解していた。
少なくともそのつもりだった。
逆に言えば、現実では「そうそうお話のように物事はうまく進まない」ということである。
現に今、金井の身をめぐってとんでもない問題が発生している。
すべては自分の迂闊さが招いたものだ。
なんだかんだといままでがむしろ順調すぎたのだ。
だが、いくら後悔してももう遅い。
光の言っていることは正しい。
絶対人権委員会を敵にまわすというのは、「こういうこと」なのだ。
親友の命さえ、奪わなければならない。
ある程度は覚悟していたつもりだったが、まだまだということだ。
少なくとも光のくぐり抜けてきた修羅場を、自分はまだ経験していない。
彼女があえて語らなかった過去になにがあったのかは想象もつかないが、きっと本当に恐ろしい、忌まわしい経験をしてきたのだろう。
「おい……なにやってんだよ」
いきなり背後から声をかけられてはっとなった。
振り返ると、異臭を放つ汚らしい男が立っていた。
葦原だ。
「自律機が捕まえているあのガキは、一体なんだ?」
「それが……」
光が事情を説明した。
「はっ! さっそくドジ踏んだわけか」
心底、あきれたように葦原は言った。
「これだからいまどきのガキはなあ。ちょうどいい。自分の不始末は、自分でかたをつけるべきだ。こいつに、あの馬鹿なガキを殺させよう」
「ちょっ……」
葦原の言葉に、心底、等は驚いた。
「そ、そんな……」
「そんなって、当たり前だろ? お前、なめてんのか? そんな半端な気持ちで、絶対人権委員会と戦えるなんて思っていたのか?」
内心、いままで葦原を軽蔑していたが、いまの彼は普段とは別人のようだった。
底冷えのするような輝きが、目の奥に宿っている。
彼は彼で、凄まじい世界を見てきたのだろう。
おそらく実際に何人も人を殺しているに違いない。
「葦原さんの言うことも一理、あるわね」
光が腕組みをして頷いた。
「等。あなたが決着をつけなさい。辛いだろうけど、それがケジメの付け方ってものよ」
「ケジメって……」
「なんだ。この電脳狩人の小娘のほうがよっぽどしっかりしてるじゃねえか。少しは根性、見せてみろよ」
親友を殺すのを根性という言葉で片付けろというのか。
「無理だ……だって、金井は友達で……」
「だからどうした」
やはりいつもの葦原と違う。
ただの汚らしい、もう老人の域に片足を踏み入れた男ではない。
こちらこそが、あるいは葦原の本質なのかもしれなかった。
「なんか武器はないのか?」
「武器……もちろん、いろいろあるけど」
「簡単に、綺麗に殺せるのは駄目だ。自分が人を殺したって実感できる奴のほうがいい」
葦原と光の会話の意味が理解できない。
正確に言えば、内容は把握しているが無意識のうちにそれを拒絶しているのだ。
心に壁ができたかのようだった。
「じゃあ、これなんてどう?」
懐から光が小さなナイフを取り出した。
護身用のものらしいが、ひどく小さい折りたたみ式のものだ。
スイッチを押すと、柄から刃渡り五センチほどの刀身が飛び出してきた。
「これで、金井くんにとどめ、刺すの」
ナイフを手渡されたが、いつのまにか悪夢のなかに迷い込んだような気分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます