第42話 口封じ
昆虫のような自律機がふいに路地の端から現れたが、衝撃が大きすぎてなにが起きているのかよくわからない。
この丙種地区で自律機を持っている人間など限られている。
見覚えのある機体だ。
自律機に取りつけられた小さな筒のようなものから、ピンク色の液体が金井にむかって吹きつけられた。
たちまちのうちに液体が凝固し、金井の体を固めてしまった。
自律機は操作肢で金井の体を掴むと、そのまま移動を始めた。
光の家へと向かっているのは間違いない。
頭のなかが真っ白になったまま、自律機のあとを追った。
廃墟のようなボロ屋に足を踏み入れる。
金井は固められたまま、雑草が生えた庭に転がされていた。
その目には凄まじいまでの恐怖の色がある。
助けてくれ、とこちらにむかって念じているのがわかったが、とにかく状況を把握しなければ。
「光……どうなってるんだ!」
興奮のあまり大声をあげてしまった。
「それはこっちの科白よ」
部屋から出てきた光は明らかに怒っていた。
「おそらく、金井くんはあなたのあとを尾行していたんだと思う。私が気づかなければ、大変なことになってたわよ」
その通りだ。
もし金井をあのまま放置していればあわてて逃げて、等が丙種地区にいたことをみんなに告げていたかもしれない。
そうなれば絶対人権委員会が動き出す可能性は、充分に考えられるのだ。
そこから芋づる式にいままでやってきたことが露見してもおかしくはなかった。
「くそっ……」
光にむかって注意するどころか、こちらの失態でとんでもないことになるところだった。
いや、まだ問題は終わっていない。
「これから金井をどうするか」という難問が残っているのだから。
「なあ……光! これから金井、どうすればいいんだ? やっぱり、絶対にこのことを人に言わないように約束させるとか……」
「甘すぎるわよ」
光はときおり見せる、あの怖い目をして告げた。
「口封じするしかない」
「口封じって……どういうことだよ」
「最高の口封じの仕方、知ってるでしょ?」
死人に口なしという言葉は、いまでも残っている。
「おい、まさか……」
「他になにかいい手があれば教えて欲しいところね」
なんとか光は怒りをこらえようとしているようだ。
もとが美人なので、凄まじい迫力がある。
「だって……金井だぞ? あの金井なんだぞ? 口封じなんて、そんな……」
殺す、という言葉はおそろしくて使えなかった。
「殺すしかないでしょう」
ゆっくりと光がため息をついた。
「金井くんは運が悪かったけど、つけられているのに気づかなかったあなたにも責任はあるのよ、等」
まったくその通りなのだから、なにも言い返せない。
しかしいくらなんでも、金井を殺すとは酷すぎる。
欠点も多いが、金井とは親友と言っても良かった。
「友達を……殺せっていうのか」
「あなたが直接、手を下す必要はない。自律機に命じれば、すぐに出来る。苦痛もない安らかな死が与えられる。ただ面倒なのはそのあとね。死体の処理はどうとでもなるけど、乙種市民の失踪をどうするか……電脳の記録ならいくらでも書き換えられるけど、人間の記憶までは……」
もう金井を「処分」したあとのことまで、光は考えているのだ。
「駄目だよ……金井なら、わかってくれるって、絶対にこんなの、おかしいよ!」
「等。あなたはまだ甘すぎる。ちょうど良かったかもね。絶対人権委員会を敵にまわすっていうのは、つまりはこういうことなのよ。それがよくわかったでしょう?」
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