第39話 秘密

「ああ、でも、SFだっけ……昔の動画や小説で、そういうのあったね」

「それが今だと現実なわけよ。私は特に、電脳技術に特化した個体として製造された」

「製造って……」

「体はご覧のとおり生身だけど、製造だと思う。それこそ、昔の三流SFみたいなものだけど。そして『私達には人権は与えられなかった』」

「そんな……」

 どう見ても、光は普通の、否、普通よりもはるかに美しく、聡明な少女に見える。

「いくら遺伝子が少し違うっていっても、人間と変わらないのに」

 少なくとも仮想現実の人間が人権を持っているよりは、光に人権を与えるほうがまともに思える。

「でも私には人権がない。つまり、私は人じゃない。少なくとも絶対人権委員会は、そう考えている。魍魎と違って『魍』って額に烙印は押されていないけど」

「ひどい……」

 改めて、絶対人権委員会に怒りを覚えた。

「私の最初の記憶は、狭い部屋で同い年くらいの子供たちと遊んでいるところ。みんな似たような子供たち。でも、三歳くらいから、私は電脳技術に対して教育をうけはじめた」

 英才教育などという生易しいものではない。

「だけど、私にとっては電脳も電網も仮想空間も楽しかった。そりゃそうよね。遺伝的にそういうふうに『設計』されていたんだから。最初の構造物を組んだのは、五歳のとき。施設の防壁を突破する奴を作った。惜しかったけどね。施設の管理機構の半分くらいは乗っ取れたけど、そこから先は駄目だった」

 なんでもないことのように光は言った。

 途方も無い話だが、もともとそのように生まれついていたのなら、可能なのかもしれない。

「大人たちはびっくりしたみたいね。他にも私みたいな電脳特化型はいたけど、私はそのなかでも特別だった。しばらくは閉鎖型の電網しか接触できないようにされて、寂しかったなあ」

 施設の人間も驚愕しただろう。

 人工的に造られたとはいえ、光は本物の天才なのだ。

 むしろそれくらいの技術がなければ、絶対人権委員会の目をかいくぐって電脳狩人を続けていくなど不可能なのかもしれない。

「それで私はいろいろと技術を学んでいった。いま大亜細亜連邦で使われている軍事用の構築物は、私が自作したのも結構、あったりするんだけどね。それなりに改良はしてあるけど、もともと作ったのは私だから、結構、抜け穴が簡単に見つかったりするの。それと、いまこの国で使われている標準規格にも、私は技術者として参加してる。天網四八乙型、わかるよね?」

 だれでも知っている。

 いまの電脳のもっとも標準的な操作基盤構造物だ。

「あれは甲型は不具合が多かったので、私が結構、手をくわえて乙型にしたの。もちろん他にも何千人も関わっているけど、一番、重要な仕様変更は私のが元になってる」

「ちょっと待って。それって……つまり、光って、ある意味じゃ、この国の電脳業界の超重要人物ってことじゃ……」

「まあ、そう言ってもいいかもね。厳密には過去形だけど」

 光はため息をついた。

 特に自慢げでもなく、淡々と事実だけを述べているといった感じだ。

「大人たちは私を褒めた。だけど、私はさすがにもう、電脳や電網だけの世界には飽きていた。いや、いまでも好きだけど、でも、それしかない生活って、つまらないでしょ。だから私は、ある計画をたてた。つまりは……想象、つくわよね」

「脱走?」

「そういうこと」

 光はうなずいた。

「それでまあ、いろいろとあったけど、私はなんとか脱走に成功して自分の個人情報を書き換えていまの神城光になったわけ。自由って最高だよ」

 ふと光が微笑んだが、等は直感的に悟っていた。

 たぶん、光の言っていることは概ね真実だろう。

 だが、彼女はなにかを隠している。

 おそらくは、決して思い出したくない悪夢のような経験を、あえて語らなかったのだ。

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