第38話 出生

 「日本解放戦線」は民族主義的な組織のため、日本にこだわる。

 一方の「真人権会」はかなりかつてのサヨクに近い。

 そこで両者が本当は嫌っている「アメリカ合衆国」を「理想的な国」として擬装用に選ぶことにした。

 これは光の発案で、当初は二つの組織とも反対したのだが、あくまで隠れ蓑にするために利用するだけだと主張すると、渋々ながら彼らはこちらの意見を受け入れた。

 アメリカが実は米帝国ではなく「アメリカ合衆国」とであること。

 さらにそこでは民主的な選挙というものが行われ、かつての日本の政体に近いこと。

 現実のアメリカでは人種差別など存在せず、素晴しい地上の楽園のように作中では描写する。

 これならば「絶対人権委員会」も、背後でアメリカの息がかかっているはずだと誤認するかもしれない。

 実際、光によれば、アメリカは大亜細亜人権連邦の各地で、そうしたプロパガンダ工作を行っているらしい。

 いわばそれに乗っかった形のわけだ。

「でも……そう簡単に騙されてくれるかな」

 不安になって等は言った。

 傍らには、裸のままの光の姿がある。

「わからないわね。相手が相手だし。うまくひっかかってくれるといいけど」

「それに、読者もこんな小説を読んだら、怖がらないかな」

「そりゃ、怖がるでしょう。十人のうち九人は、思考感染を恐れてすぐに読むのをやめるでしょうね。絶対人権委員会を非難するような小説なんて「反人権的」の極みみたいんものだから」

 その通りだ。

 今でこそだいぶ慣れたが、まだ心のどこかで「これはひどくいけないことだ」と考えている自分がいる。

 生まれた時から洗脳されているのだから、なかなか刷り込まれた価値観からは自由に慣れない。

「でも、あいつらは……許せない」

 光の目の奥でまたあの危険な輝きが宿った。

「あいつらだけは……」

 自由気ままに振舞っている光が、これほど露骨に絶対人権委員会に対する憎しみをあらわにするのは、珍しいことだ。

「前から気になっていたんだけど、その、光って……どんなふうに育ってきたの?」

 その瞬間、光がびくっと肩を震わせた。

 いままで幾度も質問しようとしたが、できなかった。

 彼女の過去に探りをいれようとすると、必ずあいまいにはぐらかしてきたのだ。

 つまりは言いたくないことなのだろう、と思ってきた。

 しかし彼女とはもはや運命共同体である。

 さまざまな意味で深い仲となり、わかちがたく結びついてしまっているのだ。

「まず、約束して」

 光が言った。

「これから話すことは、他人には絶対に言わないって。もし約束を破ったら、等でも殺すかもしれない」

 さすがに緊張に喉が渇いてきた。

 そこまでして知られたくない秘密が、光にはあるのだ。

「本当は思い出したくもない。いつもは心の奥に、鍵をかけてある。でも、等になら……話してもいい」

 凄まじいまでの覚悟を感じた。

「わかった。約束する。誰にも話さない。だから教えてくれないか。光、君の過去を」

 長い沈黙の後、光は小さくうなずいた。

「私は両親がどんな人か知らない。というよりいないといったほうが正確かもしれない」

「いない?」

 光は苦笑した。

「あ、もちろん卵子と精子の提供者はいるけど。でも、それだけ。私は遺伝子を弄られているから」

「遺伝子って……人間の情報が詰まっている、あの遺伝子だよね?」

「今の技術だと、遺伝子を直接、操作してある程度、望んだ子供を作れるの。そして私は、その実験体の一人」

 あまりにもとてつもない話に呆然とした。

 甲種は遺伝子治療というものを受けられるという話は聞いたことがあるが、まさか遺伝子そのものを改造した人間がいるとは、想象したこともない。

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