ジャンク・ボックス

基次郎

すこし昔のこと

【竜巻警報が発令されました。本日午後から明日の昼過ぎにかけて、一頭が襲来する恐れがあります。明日はなるべく外出を控えて、竜が巻きつきやすい塔のような建物から避難してください。

また、竜襲来時の暴風雨及び浸水に警戒してください……。】


夕方、突然の雨だった。

冷たい雫が、頬や肩を濡らす。雨宿りをする気にもなれずに、小さな児童公園のベンチに腰掛けたまま、薄く目を開けて辺りを眺めていた。

大粒の水滴が、外国映画に出てくる機関銃みたいな音を立てる。数歩先も霞むような勢いだ。春の濃厚な土の香りが立ち込めて、肺胞が腐っていくように錯覚した。雨音に混じって、ぎよーーんっと、バネが伸び縮みするような咆哮が聞こえる。

近くの道路を通り過ぎる車が必死にワイパーで雨粒を払い落とそうとするが、この豪雨の前にはあまりにも役不足である。緑葉を茂らせる桜も、水分の重みにこうべを垂れて、みすぼらしげだ。

思考力が、雨水と一緒に濡れた肌から染み出していく錯覚だった。脳が、短絡的なループを繰り返す。死んでしまえたら、と思う。何も考えることなく。思い出すことなく。

人間は、記憶は能動的作業なのに、忘却は制御できない。忘れたいと願えば願うほど、それは色濃く焼きつくから、ああ、もう、本当に、……。

「……おい」

無機質な感じの低い声は、雨音に叩かれて、それでもやけにはっきり耳に届いた。

目線を持ち上げれば、傘をさした人影。水煙に霞む視界でも、そこそこ整った顔立ちが見て取れた。黒髪の隙間で鈍く光る青みを帯びた瞳は、物憂げで、わたしよりもずっと病んでいる。

喉が引きつって、反応できなかった。目に雨粒が流れて、何度も瞬きを繰り返して、時間を稼いだ。

「早くしないと。溺死するぞ」

気だるそうな表情の中に、わずかな憂いの色が見える。本人は自覚していないのだろう。

「……ぐんじょう」

やっと彼の名前を呼んだ、わたしの声はいつもより掠れていた。

「これは、寄り道したら迷っただけで、」

あえて声の音量を変えずに言う。届かなかったら、それはそれで構わない。肩や腕に降り注ぐ雨の弾丸が冷たさを増した気がした。

「下手な嘘も大概にしろっての」

群青は薄い唇を持ち上げて、皮肉るような笑い方をした。上から目線というか、人を見下す表情が上手なひとだ。

群青は、嘘と指摘したわたしの言い訳を、それ以上追求することは無かった。げんなりした表情を浮かべて、唸るように言う。

「さっさと立て。錆びたらお前のせいだからな」

「どうしてここがわかったの」

群青は目線だけで「うるさい」と告げて、わたしに傘を握らせた。目にしみる、赤い色の傘だった。


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ジャンク・ボックス 基次郎 @lost_wheel

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