夕立ベイプメント

女心と秋の空なんて言うけれど、本当にその通りだと思う。


 二年つきあった彼女と同棲を始めてから、もうすぐ半年になる。

 昨晩で何度目のケンカかなんて、もう数える気にもならない。


 どれだけ一緒にいたって、彼女の心はいつも分厚い雲に覆われているみたいで、そうやって僕が戸惑っていることも、余計彼女を苛つかせるらしい。



 もう、限界なのかもしれない。


 そんな事を考えながら、いつもの通勤路、バイクを走らせる。 体が風に溶けていくみたいで気持ちが良い。


 こんな時には、無性にスピードを出したくなる。

 海岸線なんかを思い切り飛ばせば、気分も晴れるんだろう。街中ではそんなわけにもいかないけれど。

 このまま、余計な気持ちも一緒に吹き飛ばしてくれればいいのに。



 そんな風に走り始めてすぐ。

 信号待ちをしているとき、頬に嫌な感触を感じた。


「げっ、降ってきやがった!」

 今日は雨は降らないって天気予報で言ってたのに。


 降りだした雨は、あっと言う間にどしゃ降りになってしまった。


 僕はちょっとだけ考えて、家に引き返すことにした。

 会社には遅刻してしまうけど仕方ない。

 どっちにしろ、びしょ濡れのままじゃ仕事になんかならないのだし。



 僕は急いでUターンして、自宅に向かってバイクを飛ばす。


 最悪な気分の時に限ってこんな目にあうんだ。

 僕が真正面から必死に近づこうとするほどに、雨粒もどんどんスピードを増して、痛いくらいに僕にぶつかってくる。


 髪も服もずぶ濡れで、雨粒が容赦なく体温を奪っていく。

 やっとの思いでマンションにたどり着いたときには、もうすっかり体は冷え切ってしまっていて、なんだか無性に泣きだしたい気分だった。


 今日はもう会社を休もうかな。

 この時間、彼女はもう出勤してしまって、家には誰もいない。

 熱いシャワーを浴びて、会社に電話して、それから一人の部屋でゆっくりと心を癒そう。

 そんな事を考えながら、玄関の鍵を開けた。



 扉を開くと、玄関にタオルがおいてあるのが見えた。


 まるで僕が濡れて帰って来るのを知っていたように置かれていたタオル。

 こんなことをする人の心当たりは、もちろん一人しかない。


 綺麗に洗濯されて真っ白なタオルが、みるみるうちに僕にまとわりついた水分を吸い取っていく。



 ふと、タオルの横に小さなメモが置いてあるのに気がついた。


 そのメモを読んだ途端に、なんだか可笑しくて、僕は思わず笑ってしまった。



『きっと濡れて帰って来ると思ったのでタオルを置いておきます。

 風邪引かないようにね。』


 僕の考えなんて彼女は全部お見通しで、僕はやっぱり彼女には敵わない。

 彼女の手紙は、こう結ばれていた。


『それと、昨日はごめんなさい。』



 秋の空も彼女の心も、僕にはちっとも予想なんてできなくて、

 僕はいつだって、何もかも通り過ぎた後に、それに気づいて慌てているだけなのだろう。



 シャワーを浴びて出てくると、通り雨が過ぎ去った秋空はもう憎たらしいほどに快晴で、そんな風にして、僕の心もいつの間にか晴れていくような気がした。

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