プレゼントと自分用
クリスマスが近付くにつれ、職場でもそれぞれの過ごし方や、プレゼントの確保をどうしようか、などという悩み混じりの会話が、そこここで交わされるようになってきた。
絶対バレないように、当日までどこにしまっておこうか、限定グッズ並んで買わなきゃ、とか、大事な人に贈るものだけに、どこかしら浮き立つような雰囲気で。
だけど、そんなものだからこそ、悩みすぎて袋小路に迷い込んでしまう人もいるわけで。
「一応、リサーチはしたけど、完璧かどうかは分からないからね?」
「いや、もうそれだけで十分っすよ!マジで有難うございます!」
珍しく、津田くんとお休みシフトがかぶった、水曜日の昼下がり。
拝まんばかりの勢いで頭を下げてくる彼と並んで、わたしはある場所へと向かっていた。
初めて伺うとはいえ、結局、藤宮駅で降りるのはいつもの通勤ルート通りだ。しかし、今日はわざわざ駅前アーケードから横道に入り、次の通りを折れるという大回りをして、知っている誰にも会わないように移動をしている。というのも、
「やっぱ、万が一ってこともありますからね!いくら俺が小倉さん一筋って言っても、女性と二人で休みの日に歩いてるっていうのは誤解されかねないですから!」
「……それは、全然大丈夫だと思うよ」
あれだけ毎日欠かさず千穂の元に馳せ参じている上に、熱いラブコール(店長さん曰く『暑苦しい』が正しい)を欠かさないのだから、今更誰がどう誤解しようというのか。
ともかく、わたしは手にしたポストカードに目をやると、表に記された地図を見直した。
「看板が上がってます、って書いてあるけど、どこかな……」
目的地は、直接通りに面してはおらず、小道を入って奥、との記載がある。他の目印というと、その入口には丸い石畳が敷いてあります、とのことなのだが、
「あ、これじゃないすか?」
津田くんが指差した先には、確かに丸く艶々とした黒、灰色、白の石畳が並んでいて、その脇には、ブラウンの羽目板で作られたスタンド看板がちょこん、と置かれていた。
それには、蜂蜜の入った壺を抱えた熊と、その周りを飛び回るみつばちが描かれていて。
「あった。よし、行こうか」
「はいっ!あー、何か緊張しますねー」
途端にそわそわと落ち着かない様子になった津田くんが、そう言いつつも先に立って、ずんずんと進んでいく。……それにしても、なんで腕を振り回してるんだろう。
と、そうこうしている間に、小道の奥に白く、どこか砂糖菓子を思わせるようなお店が姿を現した。というのも、三階建てらしき建物のてっぺんには、まるでケーキの上にあるような、カラフルな瓦葺のとんがり屋根が乗っていたからだ。
正面にある大きな窓から、そっと中を覗いてみると、棚に整然と飾られたぬいぐるみの向こうから、見覚えのある人物が近付いてくる。と、
「よう、お嬢さん。ほんとに来てくれたんだなあ……っと、そっちは彼氏か?」
「い、いえ、違います!会社の後輩です!」
「そこは全力で否定してくれていいんですけど、なんか若干複雑っすね!」
外開きの扉を大きく開けるなり、とんでもないことを聞いてきた友永さんに、わたしが即答を返すと、津田くんはやけに爽やかに笑いながら、困ったように頭に手をやった。
こうして、津田くんと出かけることになった日の、数日前。
新刊の搬入を終えて、二階の持ち場に戻るべく一階フロアを抜け、奥の階段に向かっていると、ふと見慣れた後ろ姿を認めて、わたしは足を止めた。
うちは地元密着型書店ですから、と、社のトップ自身が、週一回の朝礼でたびたび話すだけのことはあって、リーヴル
その方針から派生して、通りに面したスペースに近隣の店舗の方々が自由に使っていただける宣伝ブースがあるし、頻繁にミニイベントや出店などもしていただいている。
だから、そこに店長さんが来られることも、十分あり得る話だとは分かっていたものの、いざお見かけしてみると、やっぱり驚いてしまって。
「あ、あの、店長さん」
おそるおそるという感じで声を掛けてしまったのには、理由がある。お一人ではなく、その隣には何やら、とても体格のいい男性がいらっしゃったからだが、
「あ、中屋さん」
「お?なんだ、俺のことじゃねえのか」
ほぼ同時に振り向かれて、わたしは慌てながらも姿勢を正し、お二方に会釈を返すと、
「いらっしゃいませ。いつもご利用有難うございます」
反射的に定型のご挨拶をしてしまって、顔を上げると、ちょっとぽかん、とした感じの店長さんの表情に気付いて、途端に何か恥ずかしくなってしまった。
いや、だめだ。ここは職場なのだから、気恥ずかしさは脇に避けなければ!
心の中で気合いを入れつつ、表情を引き締めていると、しばしわたしと店長さんを見比べていた、大きな男性がこちらに顔を向けて、あ、と声を上げた。
「あんた、確か白玉にやたら懐かれてるお嬢さんだろ?こないだは、写真有難うなあ」
そう言われて、この方が誰か、わたしにもやっと見当がついて。
「あの、『熊とみつばち』の……」
実は先日、しろくろにお伺いした時に、店長さんに頼まれたのだ。
猫たちのグッズを作るために、色んなアングルの画像が欲しい旨、職人さんから依頼があったとのことで、僭越ながらわたしの手持ちのものを提供させて頂いたのだが、
「そうそう。だから、俺も店長さん、ってわけだ」
そう笑ってみせた男性は、手にしていた紙のバッグから、ハガキ大のものを取り出すと、どうぞ、と手渡してくれた。有難うございます、と礼を返しつつも受け取ると、そこにはいかにも買い気をそそる、可愛いアイテムが載せられていた。
中身はというと、時期的に当然、クリスマス商品の宣伝だったから、サンタ・トナカイ・ソリモチーフの編みぐるみストラップや、クレイシルバー製のツリー型のペンダントなど、ふらっと寄りたくなってしまうようなものばかりで。
ついついじっくり見てしまって、もうすぐボーナス出るし、千穂を誘ってみようかな、などと考えていると、
「お、さっそく効果出てる。狙い通りですね」
「やっぱり女の子向けが多いからな。お嬢さん、手作りだから数はそんなにねえけど、気になるやつがあったらお取り置きもさせてもらうから、良ければ寄ってやってな」
おまけも期待していいぜ、と、そう気さくに言って下さった時、店内に午後三時を知らせる音楽が流れ出す。途端に、男性は焦った様子になって、
「やべえ、もう三時か!
「あれ、約束あったんですか?」
「礼に茶おごれって言われてんだよ!悪い、あと頼んどくわ!」
じゃあな、と手を挙げると、もうひとりの店長さんは、ばたばたと自動ドアをくぐって外に出ていってしまって。
思わず、しろくろの店長さんを見上げると、ちょっと困ったように笑って、
「すいません、中屋さん。頼まれちゃったんで、
「あ、はい。少々お待ちいただけますでしょうか」
そう応じると、すぐさまエプロンのポケットから携帯を取り出す。
萩原さんというのは、営業部のチーフで、このブース立ち上げの際に尽力された男性だ。幸い、会議中でも出張でもなく、ほどなく連絡が付いたので、通話を切る。
「日置様、お待たせいたしました。萩原がすぐ参りますので……」
と、向き直ったところで、何故だか酷く感心したようにわたしを見ている、店長さんの視線にさらされてしまって。
「な、なんでしょうか」
「いや、なんか、中屋さんに『日置様』って呼ばれたのが、やたら新鮮で」
お客様扱いにも妙な感慨が、などと言いながらも、さらにまじまじと見られてしまって、すっかりうろたえてしまって。
そこにやってきた萩原さんが、話し慣れていることを感じさせる滑らかな口調で、重ねて動揺させるような追撃を加えてきた。
「どうもお待たせ致しまして……おや、日置様、うちの社員をナンパしないでくださいよ」
「さ、されてないです!大丈夫です!」
「そうですか。まあ、勤務時間外でしたら一向に問題はありませんので、その点だけをご考慮いただけましたら構いませんよ」
一応当社の方針ですからね、と、いつもの飄々とした様子で、目尻に皺を寄せながら笑った萩原さんの台詞に、わたしは真っ赤になってしまった。
……正直、からかわれなれていないから、なんというか、情けない。
それから、萩原さんに後を任せて、わたしは持ち場に戻ったのだけど、何故かその日の帰り際に、津田くんに捕まって。
どうしてもクリスマスプレゼントが決まらないんですお願いします!と頼み込まれて、丁度いただいたポストカードを頼りに、ここまで連れてきたものの、
「でも、良かったです。万が一社内恋愛禁止!が社是だったら俺泣いてましたからねー」
「いや、そういう問題じゃないんだけど……」
店内に入り、ずらりと展示された商品を見させてもらいながら、わたしは息を吐いた。津田くんの発言はひとまず置いておいて、一応頼まれたことなのだから、ひとつひとつをじっくりと吟味しながら、有効なアドバイスをしなければならない、のだが、
「あの、津田くん、千穂にいくつあげるつもりなの?」
ふと気付けば、用意された小物用のトレイに、山ほどのアクセサリーを乗せているのに気付いて、彼にそう尋ねてみると、
「はい、どれもこれもあげたいです!」
すごくいい笑顔で返されて、わたしは思わず頭を抱えたくなった。……本気だ、これは。
「でも、千穂の性格知ってるでしょ?絶対、そんなに貰えない、って遠慮するよ」
そうたしなめつつも、選ばれたものを順に見てみると、前もって教えた好みの傾向には沿っている。その中から、あまり高すぎず、いきなりは引かれそうなもの(指輪とか)を相談しつつ除いていくと、二つまで候補を絞っていった。
結果、残ったのは、雪の結晶をかたどった銀のペンダントと、白い小さな五弁の花が、三つ並んだイヤークリップで。
「……どっちも可愛い。難しいね」
「でしょー。やっぱ、職場でつけてくれてる!っていうのがいいんで、普段でもいける感じのを狙ったんですけど」
「それなら、この花の方に一票、かな。ペンダントだとリボンが邪魔になっちゃうから」
「うーん、でもこっちも捨てがたいんですよねー……時期的にほら、冬!って感じだし」
そうやって二人揃って唸っていると、様子を見に来てくれた友永さんが、ペンダントの方を取り上げて、にやりと笑ってみせると、
「これなあ、対になるイヤーカフがあるんだよ。セットだったら値引きさせてもらうし、どうだ?本命なんだろ?」
「うお、商売上手っすねー。すいません中屋さん、ちょっと見せてもらってきます!」
素直に乗せられることにした津田くんに頷くと、わたしはその間に自分用のものを何か探すことにした。有難いことに、ボーナスもなかなかにいただけたので、何か両親にも、と考えながら、ゆっくり見回る。
すると、最早癖になったのか、あるものにすっと目を引かれてしまって。
「あ、猫だ」
壁に作り付けてある木製の棚には、たくさんの猫たちが並んでいた。手のひらに乗ってしまうくらいの、小さなぬいぐるみだ。
とても柔らかいつくりで、四肢は自由に動かせるから、人のように座らせたりもできる。
それぞれにアクセントなのか、帽子をかぶっていたり、エプロンをつけていたりするのだが、茶トラ、三毛、キジトラ、グレー、サビなどの毛色で、不思議なことにしろくろにいる猫たちの模様は見当たらない。
ちょっと欲しかったかも、と思いながら、順にそれらを見ていくと、一番端に一体だけ、木製の椅子に座っているものがあって。
「……似てる」
どこがどう、というより、放つ雰囲気が。
それに、この毛色って、まるで。
「中屋さーん!これの包装、どっちがいいか相談乗ってくださいよー!」
「え、はい、分かった!」
思考を断ち切るように、レジの方から飛んできた津田くんの声に、引き戻されるように振り向くと、なんとなく後ろ髪を引かれつつも、わたしはそちらに足を向けた。
そうして、津田くんの納得のいくまで、相談に付き合って。
「あ、結局それ買ったんですね」
「うん、なんか、どうしても気になって」
惹かれるままに買ってしまったぬいぐるみを、プレゼント用に包装してもらって。
並んで店を後にしながら、深い赤のバッグに入れて貰ったそれに、ふと目を落とす。
家族にか、自分用か、それとも。
「……どうしよう、かな」
小さく零した言葉通り、まだどれとも決めかねたまま、わたしは確かめるようにそれを振ってみせた。
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