サンプルと依頼

 商売柄、あと地域柄もあるけれど、十二月に入ると何かとイベントごとが増える。

 一応、端っこの方とはいえ、商店街に店があるわけだから、当然クリスマスから歳末はなんだかんだと協力要請があるわけで、例えば、イルミネーションの飾りつけとか、ポスターの制作とか、会合の時に店舗を貸し出す(広さだけはあるから)とか、やることは色々とあって。

 俺は基本一馬力だから、店内で、もしくは家で出来る作業を積極的に請け負っていて、その日も自前のパソコンで、各協賛店から送られてきたデータを纏めては、来週頭駅前で配布するチラシを作っていたのだが、

 「おーい、サンプル持って来たぞー。開けても大丈夫かー?」

 「あ、いいですよー。そのまま入ってください」

 入口から飛んできた声に、俺は椅子を引いて立ち上がると、カウンターに置いたノートパソコンを閉じてから、そちらに向かった。今日は背後を気にする必要がないので、藍ののれんをめくって板の間に踏み込むと、がらりと大きく引き戸が開く。

 と、まず目に入ったのは、やたらと鍛えられた腕に軽々と抱えられた、二つのでっかい段ボール箱で。

 「おー、悪いな。ちょっとこの箱一個持ってくれるか?前が見えにくいんだよ」

 そう言いながら入ってきたのは、友永ともながさんだった。もう一本駅に近い通りにある、『熊とみつばち』というクラフトショップの店主で、店名の由来の通りにごつい体格をしている。

 ちなみに、髭はない。奥さんとお子さんに『剃った方がひっつける』と言われて以来、生やすのをやめたそうだ。……確かに、その方がなんというか、印象がかなりマイルドだ。

 「いいですけど、これえらく背が高いですね」

 「大物だからな。ここ、カップル客が多いだろ?是非ともクリスマスプレゼントに!っつって嫁が張り切っちまって、なんかバリバリ作りまくってるんだよ」

 友永さんの奥さんは多才な人で、レザークラフト、編みぐるみにぬいぐるみなど、さまざまな小物作りに定評のある職人さんだ。店舗の一階奥は工房になっていて、そこで毎週土曜日に、一般向けの教室も開いていて、沿線の奥様方にも人気がある。

 そんなわけで、年末特別コラボ企画として、うちの店で売り出すグッズ的なものを依頼していたのだが、

 「……でっか」

 取り急ぎ、箱をカウンターの上に置いてから、何気なく開けてみると、どう見ても猫の頭が覗いていて。

 「そっちは一目瞭然、あいつらのぬいぐるみだ。似てるだろ?」

 「いや、ほんとに。瓜二つですね」

 友永さんが自信ありげに言ってきた通り、出てきたのはクロエとアユタヤのぬいぐるみだった。二つとも、きちんと足を揃えて座っている姿で、高さはおおよそだけど60センチほど、幅はくるりと巻いた尻尾まで含めて40センチほどだ。

 瞳の色も、よくパーツが見つかったなと思うほど、そっくりで。

 「ほんとは、白玉を間に合わせたかったらしいんだが、『あのふわふわ感を出せるまで、絶対妥協しないから!』って聞かねえんだよなあ」

 「……そっちの営業に支障、出てないといいんですけど」

 「いや、まあ、そこはそれだ」

 ……既に出てるんだな。なんか申し訳ないけど、燃えるほどにクオリティが上がるって言ってたし。

 ともかく、二体のぬいぐるみをカウンターの上に並べて置いてしまうと、向きが左と右なので、そうするとちょっと狛犬のようだ。玄関に置いてもいいかもな、とか思いつつ、友永さんに椅子を勧めると、いいかげん俺も目が疲れたので、コーヒーを淹れる。

 それぞれにカプチーノとアメリカンを口にしながら、もうひとつの平たい箱を開けつつ、ふっと友永さんが店内に向けて、ぐるりと首を巡らせた。

 「しっかし、猫がいねえとがらんとしたもんだな……いつ帰ってくるんだ?」

 「夕方には戻ってきますよ」

 今日は、半年に一度の定期検診の日だ。本来なら俺が連れて行くのだが、今回は特別に姉がどうしても行きたいというので、夫婦で車を出してくれている。

 幸いというか、実家に帰る際に連れて行ったりもするので、二人とも猫どもの扱いには慣れている。まあ、姉は構いすぎて嫌われることもあるが。

 血液検査、尿検査、触診など、通院自体が猫にはそもそもストレスになることだから、今日はもちろん、明日も営業は休んで、ゆっくりと休息させることにしているのだが、

 「そうか。なら休みの分、しっかり稼いでもらわねえとなあ」

 と、友永さんが箱の中身を次々と出していく。猫カフェだけに、五匹をモチーフにしたものを、と依頼していたわけだけど、これがまた、さまざまなものが用意されていて。

 シルバーや七宝のリング、ペンダントなどのアクセサリーから、猫の型押しが施された皮製のキーリング、バングルなど、可愛いものから渋めなものまで揃っている。

 想定している値段を聞いてみると、確かに若い年齢層でも手の出しやすい価格帯で。

 どの程度の数にするか、展示用の什器はどんな形態にするか、などと頭を巡らせながら、ふと、最後に箱の底から出てきたものに目を止める。

 「……なんか見たことあるな」

 そう呟いて、ひとつを取り上げてまじまじと見てみる。

 一面にドットっぽく黒猫やらトラ猫やらがプリントされている、艶のある布で作られたドーナツ状のもので、なんとなく引っ張ってみると、中にゴムが入っているのが分かって、ああ、とようやく思い出した。


 これ、中屋さんが、髪を結んでたやつだ。


 もちろん、色柄は違っていて、確かサーモンピンクだったり、淡いブルーだったり色々だけれど、いつも肩口で結んでいるから、よく目に入るのだ。

 「友永さん、これ、なんていうんでしたっけ」

 「それか?シュシュだよ。俺の店でも結構売れ筋だぞ」

 手頃な値段だしな、と勧めてくるのに、頷いて他の柄のものをためつすがめつしていると、ふっ、と頭の中にあるものが浮かんで。

 「これ、今からでも、追加で発注できますか?」

 「たぶんな。けど、これは嫁の知り合いからの納入だから、分かったら連絡するわ」

 「有難うございます。それと、ちょっとお願いがありまして」

 とっさに浮かんだそのイメージが逃げないうちに、俺は友永さんに、手早くその中身を伝えた。



 それから、その夜。

 「は?一緒に来てくれって……なんでそんなことしなきゃいけないんだよ」

 無事に五匹の検診も終え(幸い、ストライプに歯石が多少あったくらいだった)、お礼も兼ねて、姉夫婦と飯を食べに行って。

 まるで自宅に帰ってきたタイミングを見計らったかのように、津田から電話が掛かってきたのだが、

 『だって、なんとか小倉さんを説得したいんですよー!!俺と二人きりでって言うと、まだ若干引かれるからー!!』

 「若干で済んでるだけマシなんじゃないのか?」

 『そう言われればそうですね!最近までは割とドン引きされてましたから!』

 ……素直に認めるあたり、自覚があるだけいいのか悪いのか。

 そんなことを思いつつ、居間の真ん中にでんと据えた、長いグレーのソファに鞄を放り出すと、俺はとりあえず腰を下ろした。

 津田が俺に頼んできたのは、駅周辺で行われる、バルイベントへの参加だった。周辺に軒を連ねる飲食店が協賛して、アーケード内で出店を行うもので、三年前からやっている。

 所定のチケットを購入して、各店舗で使う形式で、リーヴル長月でも販売を請け負っているそうだ。ノルマというほどではないが、職員にも前売り価格のうちに買っておけ、と奨励はされるらしい。まあ、そのへんはよくある話だが、

 「でも、俺とお前と小倉さんじゃおかしいだろ。どうにか二人で行けば」

 『やだなー、そこは当然、中屋さんをもう誘ってありますよ!』

 だからダブルデートってことで!と、悪びれずに言ってくるのに、やっぱりな、と俺は眉をひそめた。ついでに、思わず漏れたため息が電話越しに聞こえたのか、津田は慌てたように続けてきて、

 『いやでも、マジで中屋さん楽しみにしてたんですよ!前はお家の都合で行けなかったとかで、それならじゃあ一緒に、って!』

 あの人美味しいもの好きですから!と力説する津田に、それはそうだろうな、と納得はしたものの、その日程が問題なわけで。

 「でも、確か二十日と二十一日だろ?こっちは二十日しか無理なんだけど」

 『え、マジすか!?二十一日って定休日じゃなかったでしたっけ』

 「商店街の忘年会があるんだよ。全員の都合がこの日しか無理だっていうから」

 『あー、それは絶対出なきゃダメっすよねえ……うーん、でもメインが夜ですからなんとかなるかも!そんじゃ、いったん二人に連絡してみますから、また電話するんで!』

 そう一人完結するなり、いきなりぶつっと通話を切ってしまった。どうでもいいけど、あいつ、俺が折れることを確信してるな、全く。

 別に、どっちみち商店街の絡みでいくつか顔を出す予定もあったし、構わないといえばそうなのだが、このまま巻き込まれるのも、どことなくすっきりしない気がして。

 「……とりあえず、風呂入るか」

 今日は飯を作る必要もないから、こんな時はさっさとさっぱりして寝るに限る。結構な冷え込みなので、たまには浴槽に湯を張ることにして。

 そう決めてしまうと、湯が溜まるのを待つ間にブログのチェックをしておくことにした。夕方に猫どもが帰ってきた時点で、その様子と検診の報告をアップロードしておいたから、多分、いくつかコメントがついているはずだ。

 ソファの脇に据えた、白のサイドテーブルに置きっぱなしにしてあるタブレットを取り上げると、画面に触れて立ち上げる。すぐに起動するのは、しろくろのライブカメラだ。

 ざっと見る限り、異変はない。白玉とカネルが部屋中をうろうろしているのはいつものことだし、アユタヤとストライプが専用毛布の中に埋もれているのも、クロエが黒い故にどこにいるのかさっぱり分からないのも通常営業だ。瞳が光ると分かるのだが。

 ともあれ、カメラのウィンドウはそのままにブラウザを立ち上げ、ブログを開く。と、常連さんと分かる名前がつらつらと続くコメント欄に、初めて見る名前があって。



 いちか 12月5日 21:35

  定期健診、何事もなくて、ほっとしました。

  また、お店で皆に会えるのを楽しみにしています。

  それにしても、カネルの尻尾、ブラシみたいですね。

  よっぽど怖かったのかな?



 「……間違いなく中屋さんだな、これ」

 この間、ブログを家族で(特にお父さんが)見てくれていると聞いたので、良かったらコメントください、と軽く言ってみたのだが、まさかずばり本名で(ひらがなとはいえ)書き込んでくれるとは。

 ともかく、他の人へのレスをさほど悩まずに書いてしまうと、俺は『いちか』さんへの返事を打ち始めた。



 いちかさんへ 12月5日 22:42

  初めて書き込んでくださって、有難うございます。

  カネルは、負けん気だけはやけに強いのですが、

  白衣の先生方には、からきし弱いです。

  最初に連れて行った時なんて、全身ブラシ化してましたから。

  ストライプなんか、一番年長なのもあるかもしれませんが、

  ご覧の通り、けろっとしてるんですけどね。


  明日はお知らせの通り、猫も店主もお休みをいただきますが、

  以降は通常営業となりますので、ご来店をお待ちしています。

  また、年末に掛けまして『熊とみつばち』様との共同企画を

  予定しておりますので、そちらもお楽しみに。

  ちょっとばかり、びっくりするようなものもありますよ。

  それでは、しろくろで、また。



 「……こんなもんかな」

 中屋さんの書き込みが、今日の一番最後のものだったから、ついでに軽く宣伝も入れてみたけど、そのせいもあってか一番長くなってしまった。

 そういえば、お父さんは書き込みはどうでしょうか、と聞いてみたら、『そんな恐れ多いことはできん!』と、何故か真っ赤になって拒まれたそうだけど。

 サンルームは予算的にもスペース的にもとうてい無理だけど、なんかできるといいな、などと考えていると、またスマホが着信音を響かせた。

 「はい、ひ」

 『日置さん!二人ともオッケーっすよ!あ、チケットはもう俺が買ってありますから、当日よろしくお願いしまっす!それじゃ!』

 「……あのな、おま」

 と、俺が名乗り終える暇もなく、言いたいことだけを言ってすぐさま切ってしまった。

 普段はさすがにここまで酷くないから、間違いなくこちらが断るのを阻止したいからの行動だろう。……別に、断るつもりはなかったけど。

 なんでこんなにモヤモヤするのかな、と思いながら、サイドテーブルに置きっぱなしのタブレットに目をやる。その画面には、まだ開きっぱなしのコメント欄があって。


 津田を挟んでるのが、どうこうじゃなくて。

 要するに、どうせなら自分から、何か。


 ふっと形を取りかけた言葉が、唐突に流れ出した呑気なメロディに遮られる。

 『お風呂が沸きました』という、それっぽいけれど、どうしようもなく無機質な声に、俺は眉を寄せると、ソファから腰を上げて、黙ったまま風呂へと向かった。

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