百合描写①
寮の部屋割は基本的に二人である。月の家賃が安い四人部屋もあるが、夏江は冬子と一緒の二人部屋だった。広さは六畳の和室で、火鉢と足の短い机に、本棚等がある。二人で使うにはやや狭いながらも、充実した色合いを誇っていた。
布団を並べて敷き、夏江が枕をゴロゴロと転がして蕎麦殻を軽く揉む。こうすると良く眠れるというのが彼女の持論である。一方で冬子は机の前で正座し、日記に万年筆を走らせていた。手元を照らすのは、スタンド――机に置かれた小さな照明機器である。白熱灯の光が優しく、少女の秘密を見守っていた。ちなみに、彼女が日記を書いている時は文面を見ないのが、二人の約束である。
「随分寒くなったよねー。火鉢じゃちょっと足りないかも」
炭が赤熱し、じんわりと部屋を暖めるも、洋室の暖炉と比べるといささか物足りない。夏と違い、厚めの布団を用意されているものの、何か方法は無い物だろうかと夏江が云々と布団の上で考える。そして、名案が浮かんだとばかりに両手を打ち鳴らしたのだ。
「あ、一緒の布団で寝るのはどうかな。冬子ちゃんって、あったかそうだよね」
インク壺に万年筆の切っ先を入れかけた冬子が硬直する。その眼は大きく見開いていた。まるで「そんな方法があったのか」と驚愕するかのように。その沈黙を勘違いした夏江が慌てて両手を振ったのだ。
「ごめんごめん。良家の人って、そういうことしないよね。私は妹と一緒に寝るのが多かったから慣れてるんだけど、聞かなかったことにして。よく考えたら、私って寒いの慣れてるし平」
気だよ。と言おうとして、その言葉を途中から冬子の声が押し退けたのだ。
「いえ、是非そうしましょう! そうするべきです! そうしたいです!」
「え? ふ、冬子ちゃん。急にどうしたの? 目が怖いよ……」
「基督教では飢えを耐えるのは美徳とされています。しかし、寒さまで耐えろとは教えません。ですから、私と夏江ちゃんが一緒の、ふふふ、一緒の御布団で眠るのだって神は許すはずです。むしろ、これが許されないとは何事ですか。きっと、どんな御香よりも素敵で、どんな枕よりも心地良いのでしょう。うふふふふふふ。うふふふふふふふふふ――!」
冬子がさも当然そうに夏江の布団に入りこむ。友達が堂々と布団を間違えた。のではない。本当に、一緒に眠ろうとしているのだ。夏江は鈴木から口酸っぱく「冬子さんは貴女と違って高名な良家の娘なのですから、粗相などしないように」と釘を刺されている。だが、これは一体、どんな了見だろうか。そもそも、冗談で言ったのだが。
「あの~。冬子ちゃん?」
「さあ、早く眠りましょう」
冬子の顔はとても凛々しく。まるで、これが世界の法則だ。とでも謳わんばかりだった。
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