戦う描写①

「ミユ、離れろ!」

 恵吾の叫びと、巨人の手がミユへと伸びるのは全くの同時だった。振り下ろすように右腕が少女へ迫る。直撃すれば、まず間違いなく一撃で死ぬ。握り潰されれば、人間としての形も保てないだろう。――少年が聞いたのは少女の悲鳴ではなく、刃を孕む烈風の怒りだった。彼が想像する何倍も、彼女はたくましかった。かつて、誰かがウィップブレイドを一文字変えて〝魔女の刃、ウィッチブレイド〟と称賛した。ああ、まさに、この光景は魔法のように輝いていた。

「だっしゃああああああああああああああああああああ!!」

 巨人に右肩に伸長した刃が突き刺さり、そのままワイヤーを回収。反動を利用し、ミユの身体が飛翔、旋回、腕が霞む速さで化け物の右腕を得元から斬り落とす。巨大な質量の落下に、恵吾は思わずたたらを踏んだ。それだけの振動だった。ウィップブレイドが鞭のようにしなり、数珠繋ぎの刃が飛燕となって巨人を基点に縦横無尽となって暴れ回る。鈍重な化け物は、まるで速度についていけていない。血飛沫と刻まれた肉片が辺りをまだらに濡らしていく。湖から結構な距離が離れていて助かった。流石に、化け物の汚れが染みた水は飲みたくないし、そんなところで泳ぐ魚は食べたくない。彼女が稼いでくれた時間を無駄にせんと、少年は《レミントンモデルⅣ》の回転式弾倉を固定している心棒をズラし、弾倉を抜き取る。ジャケッドのポケットから新しい弾倉を掴み取り、拳銃に装着させる。撃鉄を右手親指で起こし、銃口を化け物へ向ける。彼我の距離、約三十メートル。彼にとって、それは至近距離でしかなかった。

「なにこれ! なにこれ! なにこれ!? すっごく硬い、重い、気色悪い! 斬った傍からビュルビュル〝再生〟している。」

 ミユはなおも化け物を切り刻む。だが、化け物は斬られた傍から肉を盛り上がらせ、再生しているのだ。落とされた右肩の断面から白い骨が槍のように突き出し、筋肉と血管が毒蛇のように絡み付き、皮膚が噛み付いて完治。途方もない光景に、恵吾は顔を顰める。痛覚がないのか、或いは麻痺しているのか。化け物は斬られながらも、己の身体上で飛び回る少女を捕まえようとする。まるで、羽虫か蚤でも払うかのように。少女は、最初の一撃以外は深く斬らなかった。下手に欲をかけば、たちまち化け物の手に捕まり、文字通り潰されるからだ。

 少女だけの攻撃では足りない。ミユが化け物の後頭部を浅く斬った時だ。恵吾の手が動く。右手はゆっくりと、左手は迅雷の速度で。

 恵吾の右手、人差し指が引き金を絞る。撃鉄が落ち、初弾が発砲される。左手が迅雷の速度で撃鉄を起こす。引き金は絞られたままだから、起きた撃鉄は再び倒れ、次弾を発砲。彼の左手が親指、人差し指、中指、薬指、小指の順で拳銃を掠める。六発の一点発砲。銃使いの間では、《閃光(フラッシュ)》と謳われる絶技だった。吸い込まれるように六発の弾丸が、化け物の右即頭部に突き刺さる、瞬間、爆炎が轟いた。紅蓮の濁流が瞬く間に化け物の頭部を包みこむ。まるぜ、事前に打ち合わせしていたかのように、ミユが離脱する。

 恵吾が放ったのは、弾丸内部にガソリンとダイナマイトを混ぜたような、揮発性の高機能液体火薬エグルゼムを装填した特殊弾丸だった。同じサイズなら《ユピネィルスの雫》さえ凌駕する剣呑極まりない弾丸だ。《浸緑現象(グリーン・オブ・カオス)》から百年近く。人々は特殊植物の脅威に怯えていたのではない。むしろの、その力を己が物とさえしていたのだ。彼の隣に戻ってきたミユが爛々と瞳を輝かせていた。白金の瞳に、化け物を焦がす紅蓮の炎が反射していたのだ。

 ミユの口元が凶悪な笑みで歪む。少女は、こと戦いになると性格が変わる。恵吾はそれを、鼓舞だと判断した。命を賭ける世界で精神を保つ為の、一種の儀式であると。だから、少女の瞳が完全に〝狂っている〟のも、〝仕方がない〟と諦めた。きっと、病気のようなものなのだから。小さな身体の小さな唇が、下弦の三日月となって笑いながら狂う。

「ぃいいいいいいいいいいいいい、ひゃっはー!! 最ッ高にクールでホットでスィートなプレゼントね。これで喜ばない糞野郎はいる? いないでしょうね? さあ、さあ、さあ! 今度は私も本気を出そうかしら? 本気の向こう側にある超本気ってやつを。良く見ておきなさいデカブツの糞デブ野郎。私の超本気を拝めるんだから、光栄に想うことね。失禁してイッっちゃっても文句なんて無いわよね!?」

 化け物は絶命しなかった。野太い雄叫びを上げながら頭を振り回し、両腕で頭部を掻き毟る。あろうことか、皮膚や肉も纏めて炎を削ぎ落し、強引な肉体再生で事なきを得たのだった。あまりにも無茶苦茶な対処に、ますますミユが笑みで顔を歪める。ウィップブレイドが緩やかに刃の結合を解き、ワイヤーを揺らした。化け物が熱で白濁した眼球を完全に再生させるまでの数秒間。それが、黒影の少女剣士に戦姫の祝福を捧げた。

 ミユがウィップブレイドを大きく振るう。まるで鞭のようにしなった数珠繋ぎの刃達が化け物の首に絡み着いた。強引に、力任せに、手加減なしに柄を両手で握り、トリガーを押すと同時に思い切り〝引っ張る〟。まるで、綱引きでもするかのように。高速でワイヤーが回収され、刃の群れが描く円環が急速に縮まっていく。皮膚へ食い付き、肉を抉り、そのまま岩でも砕くかのような音を立てながら骨を削る。巨人というカテゴリーに対し、少女は人間離れした膂力で暴力を行使する。

「私、馬鹿に見下ろされるって大嫌いなのよね。だから、身長貰うわよ。そんなに大きいんだから、頭一個分貰っても構わないわよね? ィイイイイイイシャッハアー! 楽しくなってきたわ楽しくなってきたわ。さあ、これで、お終いよッ!!」

 ウィップブレイドが寒々しい音を立てながら化け物の首を絞めながら削っていく。醜い巨人がワイヤーを引き千切らんと手を伸ばすも、疾風と化した太矢が腕に直撃し青白い大輪の花を咲かせた。《ユピネィルスの雫》がもたらした雷撃が筋肉を強制収縮させ、結果、太い腕がビクンと肘を折った。恵吾が放った援護に、ミユが蒼い薔薇を食らう夢魔のように喜々として凶悪な笑みを浮かべる。

「流石私が惚れた男。最ッ高にベストでハッピーな攻撃だわ! はあん良いわ。すっごく素敵。全部引き千切って真っ赤なトマトソースが緑を覆う!!」

 ミユの両腕に血管が浮き出る。けっして体積を増やすわけがない筋肉が硬質的に盛り上がる。そして、一度だけ大きく鈍い音を立てながらワイヤーが完全に回収された。粘度の高い鮮血でベットリと汚れた剣身が本来の姿を取り戻す。恵吾は化け物を正面から見た。まるで、泥だらけの薔薇で編んだ首輪を嵌めているかのようだった。巨大な両腕がだらりと地面に垂れていた。そして、急激に頭部が前に傾く。首を置き去りにして。それは、頭部だけが切り離された事実に他ならない。ドスン! と今日一番の轟音を鳴らして醜い蛋白質の塊が地面に落ちた。空洞全域が蠕動するかのように揺れ、波紋を広げる水面スレスレで魚達が暴れるように跳ねたのだった。 

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