僕が考えた最強のマテバ・リボルバー①(②なんかあるわけない)


 奥にある部屋は物置兼整備室といった具合だった。何の整備か? 無論、仕事道具である銃やナイフの。身一つで敵に立ち向かう暦にとって、道具の整備とは文字通り、己の命を失わないために必要不可欠な行為だ。とくに、仕事があった日のメンテナンスは重要となってくる。

 窓際の木製机と椅子は一年前に買い変えた品だ。ここが、彼にとっての作業台である。机の上には白い布が敷かれ、備え付けられているLEDのライトが天井の明りと重なって暦の手元を明るく照らしていた。青い狸でも出てきそうな大きい引き出しにはダミー用の簡単な鍵がかけられ、開けると際どい十八歳未満閲覧不可の本が敷き詰められている。これを全部取り出し、奥で二重になっていた仕掛けの壁板を外し、厳重な金属製のケースが顔を出す。軽量で耐久性に富んだアルミ合金の檻は横に長く、小さな楽器でも入りそうだった。三つの鍵を外し、開く。中に鎮座していたのは銃器を整備する為の道具だった。

 白い布の上で綺麗になるのを待っていたのは拳銃マテバ・カスタムだった。暦はケースから取り出したドライバーにも似た専用の工具を使って、銃器をいくつかのパーツごとに分解する。グリップ、銃身、回転式弾倉の三つへ。

 暦はまず、布切れで各パーツの表面に付着した汚れを丹念に拭き取った。たまに返り血が付着している時があり、これは凝固すると面倒である。

続けて、フランネル製の乾いた布へ油をつけて部品の表と裏を磨く。金属製のパーツは錆びやすいので、油による仕上げ拭きをしないといけない。ただし、グリップはゴムで覆われているので、こっちはただの布で優しく仕上げ拭きをしただけだ。

銃身は、クリーニングロッド――細長い棒に布を巻き付けた物を使い、押したり引いたりして内部を磨く。簡単に汚れを拭った後に、毛が真鍮製のブラシを使い、発射薬の滓を落としていく。これを怠れば動作不良に繋がり、戦場では命取りになる。残った滓はクリーニング液を使い、完全に綺麗にする。

 最後に乾いた布で余計な油を拭き、可動部へ給油して掃除完了だ。ものの三十秒で組み直し、調子を確かめる。動作不良は無く、パーツの歪みも無い。すっかり綺麗になった人殺しの道具が白い光に照らされていた。

「こんなものか。……スライドが気になっていたが、流石に俺の考え過ぎだったかな?」

 暦は《マテバ・カスタム》に視線を落とし、彼女との長い付き合いを想い返す。最初に口から零れたのは感謝の言葉では無く、嘆息だった。

「よくもったな。正直、もっと早く〝駄目〟になると思ってた」

 この仕事をするにあたり、暦はさまざまな銃器と出会った。敵が持っている銃に、自分が使ってみた銃。その中でも、この相棒ほど〝奇妙〟な銃器に出会ったことはなかった。

 敵を殺す為に、暦はまず〝自動式〟か〝回転式〟のどちらを選ぶかで悩んだ。

 自動式拳銃(オートマチック・ピストル)と回転式拳銃(リボルバー)を比べた場合、扱い易いのは断然、後者である。無論、使用者の経験に伴う判断の差もあるが、機構だけを考慮するのなら、この点は昔から明白だ。

 そもそも、自動式拳銃最大の特徴であり、自動式が自動式と言われる所以は、引き金を絞るだけで《弾丸を発砲→空薬莢を排出→次弾薬を薬室へ装填》するという一連の動作を一辺に、つまりオートで可能とするからだ。回転式拳銃は一発撃つ度に撃鉄を手動で起こさなければいけない。弾薬を再装填する際も、回転式弾倉の内壁に熱で膨張した金属薬莢が〝張り付いて〟しまい、排出するのが困難だ。アメリカ軍で正式採用された自動式拳銃であるベレッタ社のM九二FSの装弾数は十六発。大抵の回転式拳銃は装弾数六発。同じ数の弾を撃つだけでも最低二回は再装填が必須だ。戦場で悠長に再装填する暇など皆無であり、そんな暇があれば天国へ一直線だ。

 しかし、ここに大きなデメリットがある。つまりは、自動式のメカニズムが〝複雑〟過ぎるのだ。発砲時、一連の動作を行う機構は〝スライド〟であり〝遊底(ボルト。撃針が内蔵されているパーツ)〟と一体化している。弾薬の発射薬が燃焼するコンマ数秒の世界でバネが動き、様々なパーツが円滑に連動しなければいけない。当然、バネが劣化していれば不具合を起こし、空薬莢が詰まるトラブルも発生する。スライドが燃焼ガスの反動を利用する以上、弾薬を敢えて弱くした弱壮弾や、わざと強化した強壮弾、または弾薬のメーカーが違っただけでも機構に不調をきたす場合があるのだ。

 使用すればパーツを分解し、綺麗に掃除。機構のチェック、劣化したバネは交換。弾薬も制限される。対して、回転式拳銃は極端に解釈するなら〝弾倉がちょっと回るだけだから、そんなに難しいメンテナンスはいらないよ。弾薬も穴に入ればOK〟である。

 ようするに自動式は何発も撃つ為に〝非常に面倒〟な条件をクリアしないといけない。暦はフェイツイに自動式拳銃の説明をされた際、最初の三十秒で『俺には無理』と断言した。拳銃を使うという行為自体に甚大なストレスを感じるというのに、人間を殺す武器にジッポライター以上の〝気遣い〟をするというのが、とてもではないが考えられなかったのだ。

 ならば、暦が使う《マテバモデル・カスタム》は回転式拳銃なのだから堅牢であり、扱い易く、メンテナンスも容易なのか。――否である。断じて否。そもそも、彼が使う拳銃は自動式でも回転式でも無い。〝自動式回転弾倉拳銃(オートマチック・リボルバー)〟なのだ

 回転式弾倉を持つ〝くせ〟に発砲時、《銃身と弾倉を含めた上半分のパーツがスライドを伝い後退→弾倉が回転し撃鉄が起きる》という機構(メカニズム)なのだ。

 通常の回転式拳銃は一発撃つごとにシングルアクション(手動で撃鉄を起こしてから引き金を絞る)かダブルアクション(引き金を絞る動作に連動して撃鉄が起きてくれる機構)のどちらかの動作を選ばないといけない。後者は引き金にかかる負荷が強くなって撃ちにくく、前者は一回一回撃鉄を起こす動作が面倒だ。つまり、自動式回転弾倉拳銃とは一発撃つ毎に拳銃が勝手に弾倉を回し、撃鉄を起こしてくれるのだ。引き金が軽く、撃ち易くなる。……たった、これだけである利点は。むしろ、欠点の方が多い。

 結局、弾倉は回転式なので弾数は箱型弾倉の自動式より少ない。〝面倒〟な機構のせいで回転式特有の堅牢さが無い。空薬莢の排出も手間の一つ。弾薬が違うと機構が上手く動いてくれずに無駄になる。

 暦が使う《マテバモデル・カスタム》は三五七マグナム弾用の回転式弾倉だ。三五七マグナムの弾薬はサイズが三八スペシャル弾と同じであり、普通の回転式拳銃なら相互使用が可能だ。威力が欲しい時は三五七。威力が低くても確実に当てたい時は三八スペシャルと使い分けられるのだ。しかし、この《マテバモデル・カスタム》で威力の低い三八スペシャル弾を撃つと、発射時の反動が〝少ない〟せいで機構が上手く後退せず、ただのブレと化す。なので、彼はガンスミスに頼み込んで〝無駄な出費〟をして、この〝自動式回転弾倉拳銃(オートマチック・リボルバー)〟の〝機構が後退する際に必要な反動の力〟を三八スペシャルのレベルまで落としてもらった。

 そもそも、メンテナンスが面倒だ。とても面倒だ。非常に面倒だ。銃身と弾倉がたった十数ミリ後退するパーツを維持するのにどれだけのストレスをかけなければいけないのか。

 銃のメンテナンス時、暦は猛烈に煙草が吸いたくなる。それでもアークロイヤルに手を伸ばさないのは、それだけ繊細な作業を強いられるからだ。なにせ彼が使う拳銃は、メーカーの正規品では無い。イタリアの銃器メーカー〝マテバ〟社が開発した自動式回転弾倉拳銃を元に〝フリーのガンスミス〟が一から設計し、製造したのだから。ゆえに、もしもパーツが壊れたら、また一から製造してもらうしかない。当然、馬鹿高いコストがかかる。

もっとも、この小さな淑女は簡単に壊れるほど華奢では無い。血と硝煙の中に身を置く、戦乙女なのだから。

実用する為に、暦は幾つかのカスタマイズを施してもらった。六インチ銃身の全長二百八十ミリ。重量千六百グラム。回転式弾倉は三五七マグナム弾の八発用。グリップは特殊ゴムで被われており、腕にかかる反動を和らげる効果が高い。また、銃身と弾倉を後退させる〝レール部分〟は摩擦が少ないように溝が彫られ、スムーズな動きを可能としている。撃鉄に指を掛ける部分〝スパー〟は使い易いように肥大化させていながらも穴を開けて軽量化し、機構にかかる負荷を少しでも低減させている。銃身は肉厚で、強度と耐久性を向上。弾倉の開いている穴は面取りされ、弾薬を入れる際に引っ掛かるような心配は無い。

 通常の回転式と比べれば劣るものの、自動式とは段違いの堅牢さを誇る。

 また、三五七マグナム弾の衝撃に耐えるためにスライドの剛性を上げている、デザインは少々無骨になったものの、暦の体格ならば問題なかった。

 銃器を専用の強化プラスチックケースにしまい、クリーニングキットとは別の引き出しへ収める。これで、今日の仕事は全て終わった。

 暦は部屋を出て台所へ向かう。油で汚れた手を洗うには食器用洗剤が一番だからだ。その際、ふとベッドの方を見る。既に眠っている人影が一つ。

 天井の明りに照らされたまま、美縁がタオルケット一枚を羽織って小さな寝息を立てていた。規則正しい呼吸に合わせ、微かに胸元が上下している。

 警戒心などまるでなく、完全に無防備だった。いや、何もするつもりはないけれど。信用されているのか、自分なら〝千切れる〟と侮られているのか。

「……明日になれば終わる」

 そう、夜を過ごしてしまえば、後は彼女を引き渡すだけ。そして、自分の彼女の話は終わりだ。寂しいとは感じないし、思わない。むしろ、せいせいする。こんな自分といつまでも一緒にいては悪影響を及ぼすだけだろうから。彼女の為にも、ちゃんとした対処をしてくれる人間に渡すべきだ。結局、暦は飯を食わせて寝場所を与えることで精一杯なのだから。

 手を洗い、暦はどこで俺は寝るべきなのだろうかと悩むのだった。


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