飯を食う描写③

               ◇

 初めの頃こそ、『日本食はちょっと……』と、遠慮していたセシルだったが、今では洋食や中華と同じ頻度で調理している。とくに好きな調味料が〝味噌〟だ。それは、とんかつの専門店に訪れた日のこと。出された味噌汁を啜り、まず眉根を寄せた。なんだこの味は。甘辛い? いや、塩辛い? 複雑な味の奥に魚の風味を感じる。なのに、生臭くない。舌に柔らかく流れる味の正体を鰹節だとまだ知らず、お代わりまでして味を分析しようとしたものだ。その日のうちに図書館で味噌を調べ、料理のレシピを手に入れ、色々と吟味したものだった。

「では、そろそろ始めましょうか」

 赤出汁、甘口の白味噌、砂糖、味醂、水をフライパンに入れて練り混ぜ、火にかける。よく合わさっていくとツヤが出てくる。焦がさず、風味を損なわないように慎重に。色が馴染んで〝ぽってり〟すれば〝練り味噌〟の完成だ。これをまず耐熱皿に入れて冷蔵庫で冷やす。その間にフライパン(残った味噌を焦がしたくなかったら鍋を使う)にサラダ油を敷き、豚肉の小間切れを焼きながら胡椒、酒、醤油各少々を振り、冷やしていた練り味噌を加えて混ぜていく。これを丼に盛ったご飯の上に乗せ、刻んだ浅葱とカイワレを乗せれば〝豚味噌丼〟の完成だ。

 さすがに、味噌汁の方は白味噌にインスタント出汁の即席になってしまったが、十分に美味しそうである。豆腐とネギが仲良く浮かんでいた。

 ダイニングのテーブルに並べ、椅子に座ると、足が体重から解放されてどれだけ自分が疲弊していたのかはっきりと確認できた。このまま眠ったら、一分と経たずに意識を失うだろう。

 セシルはすぐに箸を持ちたい衝動を我慢し、祈りを捧げる。クランベリー家では先祖への感謝、食物の命を奪った謝罪と感謝、そして、明日への希望を述べた詩を読む。日本語ではなく、母国のクイーンズイングリッシュであり、映画のワンシーンのようでもあった。

 そして、最後の言葉の〝次〟に、日本語を付け足す。

「いただきます」

 ピンク色の可愛らしい箸を持ち、セシルは豚味噌丼を大きく口を開けて頬張る。豚肉のジューシーな脂に合わせ味噌の深くも心地良い甘辛さが絶妙である。刻んだ浅葱とカイワレのシャキシャキとした感触も顎に楽しく、舌によけいな〝くどさ〟が残るのを消してくれる。レシピよりも多めに刻んだのが少女なりの工夫だった。ふっくらと炊けた白ご飯がいくらでも進みそうで怖いぐらいだった。合わせ味噌だけでも美味いのに、豚肉も合わさればオカズにならないはずがない。一杯の丼飯を沢山食べる。日本での初体験は楽しいことで一杯だ。

「そう、丼だけに」

 味噌汁を啜って得意気な顔になるセシル。

「……最近、独り言が増えたわねー」

 まるで、三十路過ぎで独り暮らししているOLのような哀愁だった。

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